兵庫県と岡山県の県境に位置する漁港の町・日生へ、漁港の朝市『五味の市』を見物にやってきたはいいが、到着するのが早すぎて市場は水揚げされた魚介の入荷の真っ最中。朝飯替わりに名物の焼きアナゴを食べたり、市場の裏手にある漁港で水揚げ風景や干物作りの様子を見物して時間を潰してから、仕切直し、とばかり、再び市場の中へと入っていく。すると来たばかりの時のがらんとした様子からは一変、どの店にもピチピチの魚介が所狭しと並び、店頭を品定めして歩くお客の姿も増えてきた。ようやく港の朝市らしい、活気がある風景になってきたようだ。

 仕入れの最中に覗いたいくつかの店へ足を運んでみると、さっきは魚を並べるのに忙しく話しかけても相手にしてもらえなかったのが、「仕入れモード」からすっかり「商売モード」に。集まってきた客にバリバリ売りながら、魚の紹介をしたり、調理の方法を教えてくれたり、となかなか愛想がいい。そして店頭の魚介のイキのいいことといったら。市場のすぐ裏手に接岸した漁船から直接運び込んで並べただけあり、タコはくねりとはい出し、アナゴはピチピチはね回り、ワタリガニはパタパタとハサミを振っている。ほとんどの魚介が皿単位や箱単位で売られていて、値段は確かに激安。自分には名前も分からないような魚介が結構あるが、お客は地元の客や常連客が中心らしく、当たり前の様子でどんどん買っていく。中には「これを刺身で食べたい!」と手づかみでタコをぶらさげてねだる子供や、エラをちょっと開けてみて鮮度を見る人も。おばちゃんはオーダーされた魚を、箱や皿からスーパーのビニールにざざっと入れ、氷を追加して「はいよ」とサッ。接客しながらも、アナゴの頭に串打ちをして手際よくさばいたり、カニの急所を千枚通しのようなものでひと突きしてガクンと締めたりと、ひと時も止まることなく動いている。

 日生の漁業は頭島や大多府島周辺〜小豆島あたりを主な漁場とする、いわゆる沿岸漁業である。漁獲のほとんどは小魚で、季節ごとの主な漁獲を挙げると春はサワラ、サヨリ、イシモチ、カレイ、子持ちシャコ。夏はアナゴ、スズキ、ハモ。秋はメバル、イイダコ、カレイ。冬はカワハギ、フグ、カキといったところ。中でも盛んなのは、5トン弱の小〜中型の漁船による底引き網漁で、シャコやカレイ、エビ類、タコなどをはじめとする「底魚」が主要な漁獲だ。五味の市で扱われるのも、これら底引き網の漁獲がほとんどを占めている。店は船ごとに出しているため、その日の漁場やとれた魚によって、店ごとに売るものにばらつきがあるのが面白い。場内を歩いていると、アジが大漁のため安く売っている店の隣には、アジが全然ない代わりに開いたアナゴがずらりと並んでいる、なんてことも。「今は水揚げしてすぐだから、どの店も魚は跳ね回るほどイキがいいし、種類も多い。でもこのごろは暑いから、お昼を過ぎると魚がへたっちゃうよ」と、アナゴを並べた店のおばちゃんが笑っている。

 おばちゃんのご忠告? に従って、魚がへたらないうちにあちこち覗いて回ることに。どこも店頭に魚を皿に盛って並べており、魚種の豊富なことに改めて驚いてしまう。キスやコチ、イシモチ、ハゼ、カワハギあたりまでは分かるけれど、これはカナガシラだっけ、「モチゲタ」とあるのは舌ビラメか、カレイの小さいのはどっかで聞いたような… など、まるで魚の名前当てクイズに参加しているよう。イカやエビ、カニも、何だか見たことない形をしたのがずいぶんある。値段はおおむね皿単位で500円ほどで、同じものばかりたっぷり盛ったのもあれば、いろいろな種類をごちゃまぜにしていたりと様々。中〜大型の魚はスチロール箱につめ合わせて1000〜2000円と、こちらも安い。とはいえ多くが、調理法は聞かないとわからない魚ばかりである。

 そしてほとんどの店で共通して並んでいるのが、数種類のエビと5〜10センチほどの小魚だ。中でもエビ類はこの時期の底引き網漁の主要な漁獲で、もっともとれるガラエビ(赤クルマエビ)をはじめ、牛エビ、ヨシエビ、サルエビ、シラサエビなど、色や形や大きさが様々なエビが水揚げされるという。店のおばちゃんに聞いてみると、この季節はロクエビ、赤ジャコエビがよくとれるとのこと。さっき挙げられたのも含め、名前を聞いただけではどんなエビかよく分からないな、と思っていると「これだよ」。店頭に並ぶ2種のエビのうち、小さい方が赤ジャコエビで、こちらはひと皿500円。そして大きいほうがロクエビで、「塩ゆでにしてビールの肴にぴったり」とおばちゃんイチオシの品とのこと。干したらエビせんべいにもなるそうで、さっき市場の裏手の広場で天日干しにしているのを思い出す。

 一方、5〜10センチほど小魚の方は、中型で黒い斑点のある魚と、5センチほどの小さく半透明で縦縞の魚があちこちの店で目立つ。こちらもおばちゃんに聞いたところ、斑点の方がコノシロ、タテジマの方がイシモチとのこと。コノシロは寿司ダネにするコハダの成魚で、言われてみれば確かにひと回り大きいコハダらしく、その分斑点も大き目か。関東ではあまり馴染みがないが、関西や瀬戸内地方では酢の物のほか、大型のものは塩焼きにして食べるという。一説によると魚体が大きい分身がたくさんとれるため、回転寿司のコハダに使われているとも。「ちょっと小骨が多いのと、独特の香りに好みが分かれるけどね」とおばちゃん、主に春から秋にかけてとれるそうで、この地方では庶民派地魚といった感じだ。

 そしてイシモチ。この魚は以前、東京湾で釣ったことがあるので知っているが、思ったのとずいぶん姿が違う。記憶にあるイシモチは銀色でやや細長い魚体だが、これはやや赤身がかった魚体にうっすらと縦縞が入っている。それもそのはず、この地方では「テンジクダイ」のことをこう呼んでおり、関東で言うグチやニベとは全く別の魚なのだ。「鯛よりおいしかったから、腹いせに石をぶつけられ、それで石を持っている」という昔話があるとかで、頭部に石のような固いものがあるためイシモチ、またはイシモチジャコと呼ばれるという。梅雨明けの頃から夏にかけてが産卵前で味がよく、昔話の通り鯛のような味がするほどうまいよ、とおばちゃん。これまたロクエビとともに、この時期イチオシの品だという。

 はじめはよく分からない魚がいっぱいだったのが、ぐるりと一周しておばちゃんたちの説明を聞いているうちに、かなり底引き網の魚通になってきた。さらに場内を歩いていると、瀬戸内でおなじみの地魚もいくつか気になる。という訳で、シャコにアナゴにハモといった有名どころは、次回にて。(2006年8月6日食記)