小田原漁港に隣接する卸売市場2階の食堂で、市場見物の後に朝ごはんを頂いてひと息。時計を見るとまだ8時半前で、港の朝市にはちょっと早いかな、と思いつつ、港にそってぐるりと回った西側岸壁にある会場へと足を向けてみて驚いた。職員が数名、黙々と鮮魚を並べ仕分けしている前には、開場を待ちながらずらりと伸びるお客の列… ではなく、並んでいるのは場所とり用に置かれている、様々な大きさのクーラーボックス。仕分け作業をしているエリアの周囲にはしっかりと柵が設けられ、お客はその向こうで開場を待ちながら、並んでいる魚を遠巻きに眺めている。

 相模湾の定置網漁で未明に水揚げされた新鮮な魚が、その日の朝に直売されるとあって、この『港の朝市』は小田原や周辺の住民をはじめ、神奈川県内では広く知られた朝市である。魅力は何といっても、定置網ならではの豊富な魚種。アジ、サバ、イワシなど大衆魚はもちろんのこと、日によってはイナダに太刀魚、キンメダイといった高級魚が並ぶことも珍しくなく、こうした目玉商品を目当てにまだ暗いうちからお客が殺到する。販売は9時からだが、朝の6時に点呼して整理券を配布、番号順に好きなものを買える仕組みで、列のトップは何と、未明の3時ごろにやってくるとか。鮮度の良さに加えて値段の安さもあり、小田原周辺の住民ですら争奪戦は激しいようで、こんな時間にのこのこやってきた自分のような一見客にも、鮮魚は残っているのだろうか。

 開場まであと30分を切ったこの時間は、柵の向こうでは開店前の仕分けの真っ最中だ。サバ、アジなどがたくさん入った木箱や、カマスやイワシなど小魚を盛った箱が台の上に置かれ、袋に小分けされていく。ほかウマヅラなど大きい魚をドン、と並べた箱も置かれ、大柄のは計りにのせて値がつけられていく。さらにイシダイやホウボウといった珍しい魚、中には見ただけでは名前の分からないものもあり、定置網の漁獲は実に種々様々。台の上はまるで、おもちゃ箱をひっくり返したような様相である。開場までまだ30分以上あるのに結構な人だかりで、仕分けされているこの日の漁獲にみんな熱い視線? を注ぎ、熱心に品定め中といった感じである。

 そんな光景を眺めながら待つお客は、職員が通りがかると「今日はタコ揚がってる?アナゴはある?」など、狙いの魚の動向が気になるようで口々に質問している。職員の話によると、この日は前日の晩に低気圧が通過して海が荒れた影響で、全体に漁獲は少ないとのこと。マサバはあいにくなく、アジもマアジは少なめでメアジが中心、と説明が入る。並んでいる魚の料理法の話もしてくれ、早い時間から並んで待っているお客に対してなかなか親切だ。お刺身におすすめなのは、との客の問いに「今日はイサキやイシガキダイが刺身におすすめだよ。でもイシガキは1匹しかないけどね(笑)」。仕分けをしている片隅では、小イサキを刺身におろしており、並んでいる客に試食用、と配っている。ちゃっかり列の後ろについてご相伴にあずかると、小さいながらもシャキッとした身に、ほんのり甘みがなかなかいい。

 台の上に並べられた魚の山に品札が並びはじめると、売り場の周囲がにわかに慌しくなってきた。ビニール袋に詰められ山積みにされたイワシの前には、「定置朝どれのマイワシ15匹入り300円」と書かれた手書きの品札が。ほかにもムロアジ、トビウオ、平ソーダ、本カマスにミズカマスなど、置かれた札を見てなるほど、と分かった魚種もある。そして時計が9時を指すと同時にアナウンスと鐘がなり、いよいよ販売開始だ。それまで懐メロの歌謡曲やフォーク、ポップスだった場内のBGMが、高らかに響く「お魚天国」へと変わった。整理券の番号順に呼ばれた客が柵の内側へと入れられ、ある程度空くとまた新たに客が柵の内側へと入れられていく。「今日はカマスとイワシがお勧めだよ!」などと、呼び声が響き渡り売り場周辺は騒然。1匹限定の刺身向けイシガキダイに、さっき試食したイサキは、早々に買われていってしまったよう。柵の外で自分の番を待つ客は、お目当ての魚が買われてしまわないか、固唾を呑んで見守っているといった感じだ。

 果たして自分も鮮魚が買えるかどうか微妙なので、待つ間向かいに並んでいる露店も覗いてみることに。鮮魚を売るエリアに面して、水産加工品や農産品の店が5軒ほど並び、干物を売る店を覗いてみると1枚何と30円からと、鮮魚に負けずこちらも激安だ。隣には練り製品を売る店もあり、湘南シラス天やイワシ天といった地魚を材料にした天ぷらに、最近注目の新名物・小田原おでんダネの詰め合わせが目を引く。「朝市に来るお客はみんな鮮魚目当てだから、こちらは朝早くから店を開けて、朝市が終わってもしばらくは商売しているんだ」との、親父さんのおすすめはイワシ天。しかしあいにく好評につき売り切れのため、シラス天とニンニク天をひとつずつ頂いて、朝ごはんの続きとする。

 鮮魚売り場へと戻ってみると行列はほぼなくなっていて、柵も撤去され整理券がなくても自由に買い物ができるようになっていた。とはいえ販売開始からわずか15分ほどでほぼ売り切れ状態、残っている魚種は限られている。うまいことに、本日大漁のイワシとカマスの袋はまだあったので、それぞれひと袋ずつ購入。出足は遅かったが、何とか定置網の漁獲の恩恵にあずかることができたようだ。ほっと一息、ひと休みとばかり、船着場近くに腰掛けてさっき買った天ぷらをひとかじり。どちらも魚たっぷりで甘みがあり、揚げたての天ぷらといった感じで、市場散歩のおやつにぴったりだ。食べ終わる頃にはお客はすっかり引き上げ、市場にはすっかり静けさが戻ったよう。人気のなくなった場内に流れるBGMは、いつの間にか「人生いろいろ」に変わっていた。(2006年10月7日食記)