三田に1週間ほど前にやってきたときは、例の「1食予算300円で昼飯1週間」の真っ最中だった。あれを乗り越え、余った予算を手に修禅寺の旅行を楽しみ、金銭的にはようやくひと心地ついた感じ。牛丼の松屋の前を通り過ぎつつ、品書きと値段をにらめっこして、店の底値メニューである290円のチキンカレーを涙しながら? 食べていたっけなあ、などど思い出す。金銭感覚はあの時のままでいれば、無駄遣いをせず切りつめてどんどんお金がたまりそうなものだが、持っていると使ってしまうのが人情というもの。慶応仲通り商店街を歩きながら、今日は喰いたいモノをドンと食べるぞ、と、店選びをしながら散歩である。

 通りの中程で、店頭にランチ用の定食がズラリと並んだ中華料理店を見かけ、大きな角煮がのった角煮飯が空腹を揺さぶってくる。2階にある店舗へと向かい、テーブル席に着いたはいいが、いくらたってもオーダーはおろか、お冷やさえ出てこない。店内はほぼ満席なのに、フロアに店員はひとりしかおらず、これではいつ食事にありつけるか分からなさそうだ。そのまま出てきて、今度は先週も候補に挙がった「リンガーハット」へ。チェーンのちゃんぽん店だが味と量はまずまずでひいきにしており、特上のちゃんぽんが海鮮が豊富でうまそうだ。セットにしようと決めて店内に入り、レジで前払いをしようとすると「…セットは平日だけ」と、店員の無愛想な声。レジ前で代案に迷っているのもみっともなく、結局この店も後に。

 予算はあるのになぜか食べたいものとの折り合いがつかず、2軒続けて空振り。こんな巡り合わせの悪い日は何も考えず、開いている店にさっと入ってから考えるのが一番か。そこで三田駅寄りで見かけた『らーめん鐵』という店の暖簾を、とりあえずくぐる。ラーメンならまあ、無難だろうと入った店内は、木調を生かした内装に中間照明、BGMはジャズが流れ、なかなかシックな雰囲気だ。U字型のカウンターの中に人ひとりがやっと通れるほどの通路があり、たまに右奥の厨房から店の人が丼を運んでくる以外は、店に人の姿が少なく何だか静か。店の構造は何となく牛丼屋のようでもあり、先週の昼食事情をまた思い出してしまう。

 無難に店を選んだつもりがそうでもないかな、と思いながら、食券の券売機で注文を検討。塩・醤油・味噌の3種のスープから、赤味噌ラーメンなるものを選び、さらに玉子のせ、加えてチャーシュー丼もオーダーと、先週1週間分の昼飯代以上の資金を惜しげもなく投資する。出てきた丼のスープはもちろん、赤茶色をしており、ひとすすりするとこれがえらく甘い。これに太めでバキバキと固めの麺が入り、スープ・麺ともにかなり個性の主張が強い感じがする。味噌で麺物といえば、名古屋の味噌煮込みうどんを想像するが、それに使っている名古屋名物の八丁味噌のような渋みはなく、ひたすら砂糖甘い感じの味噌である。おかげでダシは魚介なのか、鶏なのか判別つかずで、続けておたまですくっていると、少々舌がだれてくるほど。

 具のチャーシューはちょっと薄目で特段に特徴もなく、一緒に頼んだチャーシュー丼もどうかな、と箸を延ばすとこちらはなかなかいける。じっくり煮詰めた甘いタレがたっぷりかかり、おかげで肉がホクホクとごはんにバッチリの相性だ。タレのとろとろの甘味とともに、チャーシューの脂の甘さが立ち上がり、こちらは飽きることなくご飯をかきこんでしまう。太麺のラーメンにチャーシュー丼のおかげで、角煮飯とちゃんぽんを食べ損なった気がいく分収まったような気も。

 とはいえ食べ続ければどちらもやはり、甘いことは甘い。ここらで味覚を替えようと卓上の薬味に目をやると、ギョーザ用の酢やラー油に並んで唐辛子味噌の壺があるではないか。これだけの甘さのスープに、激辛唐辛子を加えたらどんなことになるのだろうか。軽く振って、スープをひとすすりすると、ビシッと締まりが出て味が一変。味噌の甘さの主張がぐっと引っ込んで、スープの他の味わいがそれぞれ立ち上がってくる。いわば「辛みそラーメン」となり、チャーシュー丼のほうも、刻みネギに唐辛子味噌を混ぜて「ネギ唐辛子」がいい味を出してくれる。甘さと辛さをぶつけ合った結果、それぞれが引き立て合いまとまった仕上がりになったようだ。

 それでもさすがにスープは飲み干せず、口直しのお冷やをぐいと飲み干してごちそうさま。今日も残暑で蒸し暑いけれど、空は爽やかな青空で、次第に秋の気配が近づいてきているよう。何となくこのごろラーメンを食べることが増えてきたのも、そのせいもあるか。自身の経済状態(?)も立て直されてきたことだし、食欲の秋のシーズン到来へ向け、順次ウォーミングアップしていこう。(2006年9月3日食記)