
羽田を離陸した飛行機は1時間ほど飛んだ後に高度を下げ、神戸空港へ向けて着陸態勢に入った。窓から下の景色を眺めると、瀬戸内海にぽつぽつと浮かぶ島影、そして巨大な橋の橋脚が、まるで手が届きそうなほど直下に見える。西側から着陸する神戸空港ならではの風景だが、着陸してから1時間ちょっとの後には、この明石海峡大橋の上をクルマで走っていると思うと、不思議なような、何だかもったいないような気がしてしまう。
淡路島の南寄りにある、その名も南あわじ市にある休暇村南淡路がこのほどリニューアルオープンすることになり、内覧と淡路島の視察を兼ねてご招待いただくこととなった。今年の3月に開港したばかりの神戸空港から淡路島へは、クルマで阪神高速などを経由、先ほど上空を通過した明石海峡大橋を渡って小1時間ほど。関西圏からはもちろん、首都圏からも思ったより近いものだ。橋を渡りきってから島を一気に縦断して、南端にある大鳴門橋記念館へ。ここでお昼を頂くことになっており、2階にあるレストラン「うずしお」へと案内された。窓寄りの席に付くと、渦潮で名高い鳴門海峡と大鳴門橋が一望できる絶景… と言いたいところだが、この日はあいにくの雨模様である。「せっかくの展望席ですが、春先は結構霞んでしまい、海峡方面があまり見えないことも多いんですよ」と店の方が申し訳なさそうに話す。
天気が悪いのは別にここの方のせいではないので恐縮してしまうが、鳴門海峡でとれた魚介をはじめ、瀬戸内海産の食材を使った活け造りや宝楽焼き、鍋物や網焼き料理など、様々な種類の料理を揃えていると聞けば、俄然食欲が湧いてくるというもの。景色がいまひとつな分、直近の海でとれる豊かな海の幸を、バッチリ味わっていくこととしよう。卓の上にはすでに、いくつもの料理が並んでおり、鯛のつくりやタコの柔らか煮、あわじビーフのたたきなど、どれもうまそうだ。たたきに使うあわじビーフは、兵庫県産の「但馬牛」。かの松阪牛や神戸牛の素牛とされることは意外に知られていないが、肉自体の旨みはあっさり、脂がほのかに甘い、上品な味だ。トロトロの食感で芯だけ腰があるタコの柔らか煮、やや季節はずれだが身がシャッキリと爽やかな鳴門鯛の刺身と、鳴門の早潮でもまれた魚介もなかなか。いずれも身がよく締まり、味が濃い。
ここで料理長が登場、直々にご紹介していただくここのメイン料理は、卓の中央にのった大きな土鍋。中身は具だくさんの炊き込みご飯で、横には大きな網に鯛やサザエがたっぷりのり、見るからに豪快かつ豪勢である。思わず手が出そうになるのを少々我慢して、料理長の古田さんの説明に耳を傾ける。「ニンジンに白菜、油揚げ、それにフグが入った炊き込みご飯の上に、網にタマネギを敷いて鯛、サザエを香草で蒸したものをのせています。ご飯の熱で網の上の魚介が蒸され、その汁が落ちてご飯にも味が付くという仕組みです」。料理の名前を尋ねると、「海と大地の贈りもの」とのこと。「海の宝石箱」とかいう、某グルメレポーターのキメ台詞を思い出してしまったが? なんともスケールの大きなネーミングである。
話の続きは食べながらにしましょう、ということで、さっそく網の上の鯛やサザエに突撃だ。鯛はほど良い熱加減で蒸し上げられているおかげで、身がホロリ、口に運ぶと瑞々しくしっとり。身の芳醇な旨味が存分に引き出され、これは言葉にならない味わいである。「鯛は700~800グラムの小柄のもので、網でとった天然物をつかっています」と話す古田さん。鳴門鯛は鳴門海峡の早い潮の流れでもまれ身が締まり、潮で流されてきたエビやカニなどを餌としているから、味のよさは折り紙つきだ。頭はほお肉がたっぷり、よく動く部位だけにシャッキリと味が濃く、ゼラチン質の部分もトロリとうまい。まさに海の贈りもの、食べられるところは食べきらないと申し訳ない、と一心不乱に鯛にとりかかっていると、周りの一同も黙々と鯛の頭をつついている。サザエも殻の中の汁が豊かで、ワタがホロリと味わい深い。
古田さんによると、この料理は今年の2月に行われた「第4回淡路島創作料理コンテスト」で入賞した料理という。コンテストは淡路の食材の開発、新しいご当地料理の創作を目的としたもので、淡路島の食材を2品以上使うこと、食材の原価は1000円以内にするなど、いくつかの規定が設けられている。このコンテストで古田さんは何と、これまでに計3回最優秀賞を受賞しているとか。「料理に使う魚は季節によって様々で、夏には鯛の代わりにハモも使うこともあります。フグも天然物は今は端境期のため、この料理では質のいい養殖物をつかっています」。魚種や天然か養殖かにこだわらず、その時々でベストの食材をつかうことにこだわる、との言葉に力が入る。
そんな淡路島の地元食材の中で、地味ながらもいい仕事をしているのが、魚介の下に敷かれたタマネギ。兵庫県のタマネギ生産量は北海道に次いで2位、その9割以上が淡路島で栽培されている。気候が温暖なため、何と3毛作が行われており、今はちょうど新タマネギの季節である。生で食べられるほど柔らかく、魚介の水分をすってトロリと甘い。味のいい下支えになっているようだ。網の上の魚介の汁がたっぷりと染みた炊き込みご飯を、仕上げに頂いてごちそう様。淡路の海と大地の食材を存分に生かしたこの料理、某レポーター風に言えば「まるで淡路の味覚のおもちゃ箱や~」といったところか?(2006年5月23日食記)