大阪の胃袋・黒門市場をぶらぶらしていると、フグやハモ、鯛、スッポンなど、大阪の食文化を語る上で欠かせない魚があちこちで並んでいるのが見られる。店頭にビシッと氷を敷き詰め、様々な鮮魚を並べた店には、大振りのハモが丸1本横たわっていてなかなか見事だ。おろしても売っているんですか、と店の親父に聞くと、「そりゃ、素人は骨切りできないからな」と、ひとこと。さらに産地を聞いてみたところ、買いそうもないと思われたのか全く相手にされない。さすがは大阪の市場、商売にならないことには構わない、といったところか。

 種類豊富な魚が並んでいるから色々聞いてみたいものの、夕方の買い物どきということもあって忙しそうな店が多く、買わないのに話しかけるとまた怒られそうだ。そこでやや脇の通りへ入って見かけた、やや人通りの少なさそうなところにある鮮魚店へ。こちらにも氷が敷かれた台に、ピンク色の鯛や銀色鮮やかな輝きの太刀魚など、ずらり並んだ鮮魚がピカピカに光っている。奥では親父さんが黙って魚を下ろしており、遠巻きに眺めていると気付いたようでお姉さんが出てきた。また買わないのにうろうろしていると迷惑かな、との心配をよそに、「どうぞ、ゆっくり見てってくださいね」と愛想良く迎えてくれたのにはホッとする。

 この『魚平』のお姉さんに、並んでいる魚についてあれこれ聞いてみると、キビキビと元気に応対してくれた。市場のあちこちで見かけたハモは淡路産が中心で、主に砂地で水温が低いところに棲息しており、「梅雨を飲んで味が良くなる」といわれるように梅雨時を境に抱卵して、脂がのりおいしくなるといわれる。同じ淡路産でも棲息する海域によって味や肉質が違い、島の南寄りの福良に近い、沼島沖で水揚げされるのが上物とのこと。「昔は淡路島の周辺でよくとれたけど、今は餌が減ったからあまりとれなくなってね」。最近は中国産や韓国産のハモも出回っており、国内でとれないから仕方なく外国のを入れているのかと思ったら、「品はむしろ、そっちのほうがいいのよ」とお姉さん。中国や韓国産のハモはやっかいな小骨が柔らかい上、脂が甘く味がいいから、むしろ珍重されているのだとか。

 この店のご主人は長崎の五島列島の出身で、扱う魚を選ぶ目は確かなものがある。特に鯛は瀬戸内ほか紀淡海峡に面した加太、九州の大分など、その時々で品のいい地方から仕入れるというこだわりよう。「鯛の品の良さには、通年自信あり」と、お姉さんは胸を張る。刺身といえば関東ではマグロ、関西では鯛といわれるほど、鯛も大阪の食にゆかりの深い魚だ。この市場でも尾頭つきで丸1匹売っているのはもちろん、「捨てるところがない魚」だけにカブトやカマといったアラ、さらに白子や真子まで、様々な部位が無駄なく並んでいる。お姉さんによると市場で扱っているのは主に、瀬戸内ほか九州など西日本各地で水揚げされたもので、天然物のほか近頃は質のいい養殖ものも出回っているという。中でも皿に数枚のった鯛の頭が、値段が手ごろなお得品とか。「丸1匹じゃ多いという客におろした残り。天然もののアラも安くておいしいわよ」。アラ炊きや骨蒸し、吸い物にもってこいで、ゴボウと豆腐と一緒に煮込むとうまいと教えてくれた。

 フグもハモも鯛も大変魅力的なのはもちろんだが、あいにく旅先で鮮魚は買えないので、何かテイクアウトできるものを探して市場を再び行ったり来たり。カマボコ屋や惣菜の店もいくつか見かけ、市場の北側入口近くにある『萬彩』の店頭には、ごぼう天、いか天、しょうが天、ひら天、きくらげ天など天ぷらやかまぼこ、ちくわなどが並び、つい足を留める。その日につくったすり身を使った揚げたてのカマボコが自慢で、店の短髪のお兄さんに勧められたのは、贅沢にもハモを使ったちくわだ。但し書きには「菊乃井絶賛」とあり、京都東山の老舗料亭のお墨付きを頂いたちくわをかじりながら、市場を再び歩き回る。グッと腰があり皮はバリッ、中はプリプリと弾力があり、魚の旨味がたっぷり。いかにも「魚の練り物」といった感じである。

 ちょうどちくわを1本食べ終えたところで、店頭に大エビ、イワシ、イカなど魚介のほか各種野菜の天ぷらなど、目移りするほど様々なフライが並んだ店を発見。旬の素材を使った天ぷらが、常時20種類ほど揃う中でも、この『日進堂』の名物は丸1匹を使った大アナゴの天ぷらだ。秘伝の衣につけ、質の良い油でカラリと揚げているから冷めてもおいしいよ、とのおばちゃんの勧めもあり、ホテルでビールのつまみにしよう、といくつか買い込むことにした。「アナゴはうちの自慢の品。今日はハモもやっているよ」と、これまた贅沢にもハモの天ぷらも合わせてお買い上げ。すると、「もう1つ買ってくれたらキリのいい400円にしてあげるよ」。不足額よりも高くなる、1枚100円のクジラのフライでもオーケーとのことで、何とも気前がいい。さすがは大阪の市場、損して得取れと商売上手、といったところか。(2006年5月20日食記)