
かつてテレビのバラエティ番組に、料理人がタレントのごとく登場していた時期があった。ルーツはテレビ東京の「浅ヤン」だろうか。オーディション番組の「ASAYAN」ではなく、テリー伊藤が率いるお笑い企画モノ「浅草橋ヤング洋品店」のほうで、チャイナドレスの美女をはべらせた周富徳氏、派手なリアクションの金萬福氏が活躍していた「中華大戦争」なる企画が思い出される。そして料理対決の王道番組といえば、フジテレビの「料理の鉄人」。和の鉄人・道場六三郎氏や中華の鉄人・陳健一氏、フレンチの鉄人・坂井宏明氏。そしてオープニングでピメントをかじって不適に微笑む鹿賀丈史… は料理人じゃなかったっけか。
テレビで有名な料理人がいる店、というのは何だかミーハーな感じがしてしまうが、そんな店で1軒、ちょっと気に入ったところがある。神奈川県立博物館の仏像展を見に行くことになり、15時過ぎに最寄の桜木町駅へと到着。小一時間で見物を済ませてから関内駅周辺で早めの夕食、というか一杯、といくつもりだったのだが、昼食がパンだけだったため、唐突に空腹感に襲われた。これでは展示に集中できそうにないと、先に軽く食事を済ませることにして馬車道界隈をぶらぶら。すると以前行ったことがある『生香園』に、バッタリ行き当たった。ここは前述の周富徳氏の弟である、周富輝氏がオーナーシェフを務める店である。「浅ヤン」での兄弟共演をきっかけに、富輝氏も一時期テレビでおなじみとなり、クールな兄貴に対してハイテンションでガンガンまくし立てる姿を覚えている人もいるのでは。かつて店を訪れたときに氏が入口近くにいて、「いらっしゃいませ」とていねいな挨拶を受け、少々びっくり。テレビのあの様子で接客していることは、もちろんないだろうが。
生香園は馬車道に本館と新館の2軒の店を構えており、壁に記念写真がびっしり貼られた本館より、こぢんまりした新館のほうが好みだ。前回同様、この日も新館の入口をくぐったとたん、聞き覚えのあるあの声が響く。入口そばのテーブルで、富輝氏が客と何やら声高に話している。奥のテーブルへ通され、注文はお気に入りの「五目焼きそば」に。ついでにシュウマイも頼み、さらについでにビールもいきたいところだが、博物館で仏像を見学する前なのでポットで出されたお茶だけで我慢しておく。店内に客はほかに1組しかなく、隣のテーブルのおばさんがふたり、世間話に盛り上がっている様子。紹興酒の瓶が2本ほど並んでいるのがうらやましい。
ここの五目焼きそば、値段が手ごろなことに加え、これ一品で充分満腹になるほどたっぷりな量が特筆モノである。上にかかるあんにはキャベツと白菜、チンゲンサイと3種類の葉物野菜にタケノコ、キクラゲが入り、豚肉ほかイカ、エビと、具が五目以上と盛りだくさん。運ばれてきたときは、上から麺が見えないほどだ。あんの具から頂くと、野菜はどれもシャッキリ、イカはふっくらと柔らか、豚肉はしっかりコクがあるなど、具材ごとに持ち味がよく出ている。麺は柔らかく細めで、固焼きそばでもなければ、中華のやわらかい焼きそばの中太麺とも異なるよう。全体的に味付けは甘め、薄味のため、焼きそばにはこれ、とテーブルの酢と辛子を加えることに。すると「特製チリソースダレ」と記してある器を発見、見るからに辛そうな赤いタレで、辛子と一緒に皿の縁に盛って焼きそばをつけながら食べてみる。豆板醤や七味とはまた違った、エスニック風の独特な味わいが珍しい。
あんのほうが多いために途中でそばがなくなり、途中からはまるで八宝菜を食べているような感覚になってしまった。結構豚肉の量が多く、シューマイと豚肉がだぶってしまったかも。ビールがないと食べ進めるのが早く、ひと通り食べ終えてお茶でひと息つく。料理を題材とするテレビのバラエティ企画は人気が高く、出演者が包丁を振るう店はオンエア後には予約が殺到するとか。もっともテレビの料理番組はエンターテイメント、ショー的要素が多分にあるため、テレビを通して見る料理人の印象と実際に店で接したときの様子は、かなり違うのかも知れない。この店もまたしかり、と思いつつ、緩やかな胡弓の調べがBGMに流れる店内でくつろいでいると、時折あのハイテンションの大声が、店の入口付近から響いてきた。(2006年4月26日食記)