
中部国際空港を出発した飛行機は無事、松山空港へと着陸。空港から市街へは意外に近く、バスで松山市街を抜け、左手に松山城を見ながら走ること30分ほどで、道後温泉へと到着した。いったんホテルに荷物を置き、ひと息入れてもまだ15時前。窓からは通りを挟んで道後温泉本館の古い建物が見える。さっそく部屋に用意されている浴衣と丹前に着替え、片手にタオルと石けん、靴の代わりに雪駄をつっかけて、ゆっくり午後風呂へと出かけることにした。
道後温泉は一説によると、日本最古の温泉ともいわれている。温泉街のシンボルは、明治27年建築の共同浴場の「道後温泉本館」。大衆的な「神の湯」と、少しグレードの高い「霊の湯」のふたつの浴室を中心に、広間や個室など休憩所も用意されている。夕食前の軽いひとっ風呂には、銭湯感覚の大浴場「神の湯」がもってこい。暖簾をくぐり、服を脱いで浴室に入ると、中央に浴槽と湯釜、背後の壁には源泉発見に由来する白鷺伝説や玉の石神話が描かれた、砥部焼の陶板画が目に入る。湯船に身を沈めると、湯はややぬるめ。そのおかげでじっくりと入れ、ゆっくりと汗をかいて強行軍の旅程の疲れを癒す。脱衣所でしばらく休憩、お茶のサーバーと備え付けのうちわがありがたい。
湯あがりには道後温泉本館前から伸びるアーケードの商店街を、名物の坊ちゃん団子をつまんだり、砥部焼きの人形をお土産に買ったりしながら散歩しているうちに、ようやく酒を飲むのに頃合いの時間帯になってきた。あらかじめ選んでいた、にきたつの道沿いにある「にきたつ庵」を訪れたが、まだ17時なのにすでに予約客で満席、この日は受付終了という。松山の地酒「仁喜多津」の醸造元である水口酒造直営の和風レストランで、竹やぶに面した座敷で伊予の食材を生かした桶料理を肴に一杯、を楽しみにしていたが、受付終了なら仕方がない。
店の人によると、にきたつ庵と同じく水口酒造直営のビアレストランが、道後温泉本館の隣にあるとのこと。歩いてきた道を引き返して、この『道後麦酒館』で腰を据えて飲むことにした。名の通り、ここの名物は日本酒の蔵本の水口酒造がつくる、ブルワリー直送の地ビール。これをグッとやりながら、松山や愛媛の味覚が味わえるのだから、よしとしよう。にきたつ庵と対照的に、まだ客の姿がほとんどない座敷に落ち着き、まずはビール。3種用意された地ビールは、松山を舞台にした夏目漱石の小説「坊ちゃん」にちなみ、ケルシュは「坊ちゃん」、アルトは「マドンナ」、スタウト・黒は「漱石」とのネーミングが楽しい。1杯目は「マドンナ」のジョッキを頼んだら、続いてつまみも選ぶことに。宇和島名物の小魚のすり身の天ぷら「じゃこ天」や、伊予地鶏の今治風唐揚げ「せんざんぎ」など、いかにもビールに合いそうな品々から、店のお兄さんお勧めの「坊ちゃんセット」に決めた。せんざんぎと伊予地鶏の皮焼きに串焼きが3本と、まさに鳥尽くし。さらにウィンナーがつき、値段もお得である。
突き出しのエビのじゃんがら(生海老の唐辛子風和え物)と、生イイダコのわさび漬けをつまみながら、まずは「マドンナ」ジョッキを軽く1杯。温泉のあとの乾いたのどにはありがたく、どっしりとこたえるのど越しがさすが、本格的。おかわりはケルシュの「坊ちゃん」を追加して、揚げたて、焼きたて熱々の鳥料理にも手を伸ばす。唐揚げは皮がパリッ、中はジューシーに揚げてあり、串焼きも香ばしく、これまたジョッキが進んでしまっていけない。蔵本直営店だけに、ビールのほか日本酒も実力派。さらなるおかわりに「道後麦酒大辛口」を頼むと、ビシッと切れのある酒が旨味凝縮の皮焼きにピッタリだ。気に入ったため、伊予地鶏の皮丼をテイクアウト。ホテルはすぐ隣だし、と残った道後麦酒大辛口もビンごと持ち帰りにして、2次会と締めのご飯はホテルで楽しんでしまった。
翌朝の帰京前に、ふたたび道後温泉本館を訪れ、名残の朝風呂を楽しんだ。昨日のリーズナブルな神の湯から一転、最高級の「霊の湯・個室利用」だ。床の間があり、花が活けられていたりと風情がある部屋で浴衣に着替えたら、庶民的な神の湯に比べモダンでやや高級感がある霊の湯でゆっくり。風呂から上がって個室に戻り、座敷でお茶をすすりながら、あんと黄味、抹茶の三色の坊ちゃん団子でひと息。湯あがりには地ビールもいいけれど、熱いお茶に甘さの優しいお菓子というのも、朝風呂に似合わしい気がする(3月下旬食記)