
江の島の岩屋を散策して、「富士見亭」という茶屋でサザエ入りの江の島丼を頂いていると、急に雨が降り出した。ビールの中ジョッキを追加して、ハマグリやサザエの焼きものを肴に雨宿りをしているうちに、ようやく小降りになってきた模様。本降りになる前に帰ろうと、ぱらつく雨に打たれながら島内の石段を上り下りして、何とか島入口の弁天通商店街までたどり着くことができた。ここまで来ればひと安心、とホッとしたところで、みやげ物を少々物色していくことに。絵葉書や置物、キーホルダー、さらに製造元や素材の出所不明の貝細工など、海に近い観光地によくある土産が多い中、オリジナルの陶器やガラス細工、店が独自で買い付けているようなしゃれた雑貨など、ちょっと気になるものもちらほら見られる。
弁天通商店街は名の通り、島内に社を構え弁天様をまつる江島神社の参道である。参拝客向けのみやげ物のほかに饅頭やせんべいといった菓子、干物など水産加工品の店、さらに周辺の相模湾でとれた魚介が頂ける料理屋などが立ち並んで、江の島随一の賑わいを見せている。参道をぶらぶらと歩いていると、店頭でサザエの串焼きやハマグリ、イカを焼いている店がいくつか見られ、ほかにも歩きながら手軽につまめそうな「テイクアウト」がずい分豊富だ。参道の中ほどのせんべい屋をのぞいてみると、店頭に様々な種類のせんべいが並んでいてにぎやか。全国各地の観光地に店舗展開をしている「寺子屋本舗」の江の島店で、「もち焼きせんべい」と称し、材料はもち米100%という。醤油をはじめ、のり、七味、ザラメなど、ばら売りを数種買い込んで先に進むと、今度は「女夫饅頭」の行灯に足が止まる。こちらは創業80年あまりと伝統のある井上総本舗の名物で、白い酒饅頭と、小倉のつぶ餡が入った茶饅頭の2種類。店内で作っているためにつくりたてが味わえ、店頭で湯気を上げている蒸篭から、白いほうをひとつ購入。口の中にほんのり甘酒の香りが広がる。
ウインドーショッピングにつまみ食いと、参道を行き来している途中で見かけた、行列ができている店がちょっと気になる。先頭あたりをのぞいてみると、おばさんが大きな分厚い鉄板で何やら焼いている様子。鉄板は上下に開くようになっていて、持ち手を握りグッと開くと、中から大きなせんべいが出てきた。面白そうなので10人ほどの列の後ろについて、おばさんの仕事を眺めながら待つことにした。店の奥の方からはボウルが何度も運ばれ、その中身を焼いているようだ。おばさんがつかんで取り上げた中身は何と、タコ。せんべいの生地にまぶされたのが数匹鉄板にのせられた、と思ったら鉄板でギュッとプレス、同時にジューッと音が響き、あたり一面に湯気がバッと立ちのぼる。しばらくして鉄板が開くと、あわれタコ君はペッタンコ。つまずいてカエルの上に倒れこんだら、シャツに張り付いてしまった、なんてマンガがあったけれど、でき上がったせんべいにはタコの形がそのまんま描かれている。まさに「平面タコ」だ。
この『あさひ本店』のタコせんべい、江の島周辺でよくとれる湘南の地ダコを使った名物せんべいである。もともとは袋入りや箱入りなど、普通の菓子折りのスタイルで売っているが、最近始めた目玉商品がこの、店頭で焼いている丸焼きのタコせんべいだ。水洗いをして軽く塩味をつけたタコに衣をつけ、開閉式の鉄板でギュッとプレスして焼くこと2分間。せんべい1枚に小ぶりのタコを2~3匹使っているため、手渡されたせんべいの大きさは人の顔ぐらいあるほどのビッグサイズである。
いつの間にか雨のやんだ参道を歩きながら、熱々のをまずひとかじり。パリパリのせんべい生地を食べ進めて、タコにあたるとしっとりと柔らかい。プレスされているけれど意外に厚みがあり、タコの甘みがかみ締めるたびに出てくる。ギュッと押しつぶされることで、旨味が凝縮したのだろうか。商店街の入口に立つ鳥居に着く前にすっかり平らげてしまい、大船駅へ向かうバスを待っていると、そばの鮮魚店「丸だい」からいい匂いが漂ってきた。焼きイカや焼きハマグリに並び、生簀で活けのサザエなどを売っている様子。サザエとハマグリのセットもあり、サザエには「地物」の文字も。サザエを具にした丼を味わい、神社の参道でテイクアウトを楽しみ、締めくくりにこれをひとカゴ購入。今夜はつぼ焼きに焼きハマで一杯で、江の島散歩の余韻を楽しむことにしよう。(2006年3月食記)