
新大橋通りの商店街から築地中通り界隈の賑わうエリアには、このところかなり足を運んでいる。毎日このあたりをぶらぶら食べ歩いていると、行ったことがある店をぼちぼち見かけるようになり、何だか築地の常連になったような錯覚に陥ってしまう。とはいえまだまだ、築地は場外も場内もだだっ広い。この日はちょっと目先を変えて、今まで行ったことのない築地6丁目方面まで遠征することに。このあたりまでくると場外中心部の賑わいはなく静かで、問屋のような専門店が中心らしく人通りもそれほどない。時折業者風の人が、大きな荷物を抱えて足早に行き交っている。
土地勘がないから足の向くままどんどん進むと、次第に民家が建て込んだ路地へと入り込んでいく。家と家が顔をつきあわせるように間近に迫り、何だか迷路のような所だ。そんな一画にも飲食店はちらほらあるが、数人分のカウンターだけで常連らしい市場で働く客が「晩酌」で盛り上がっていたり、食堂らしいが看板が掲げられていなかったりと、一見の客はちょっと入りづらそうだ。、そんな中、隠れ家風の割烹か小料理屋といった感じのいい雰囲気の店を見かけた。行ってみると『黒川』という屋号の天ぷら屋のようで、まだ9時なのに開いている様子。築地で天ぷらは初体験だが、市場に隣接した天ぷら屋とくれば何だか期待ができる。
店内は5席のカウンターほかテーブルが2つと小ぢんまりしていて、カウンターの向こうではご主人が仕込み中の様子。店内は市場の食堂らしからぬ? 小綺麗さで、BGMはクラシックと市場の喧噪とはまるで別世界だ。品書きによると定食類もあるようだが、市場の朝ご飯といくならここは天丼といきたい。上天丼を頼み、しばらくして運ばれてきた丼を見てびっくり。エビ天が3本、アナゴが2本とこれだけで充分満足なのに、さらにイカ、各種野菜と目白押しで、ご飯が見えないほどだ。雰囲気はちょっと上品な店でも、料理のボリュームはやはり市場級のようである。
揚げたて熱々のうちにさっそくエビから頂くと、細いが歯ごたえはほっくり、中はしっとりと上手に揚がっており、エビの甘みがしっかりと生きている。アナゴは対照的に土の香りが鮮烈で、後から白身の上品な味わいが広がってくる。タネの魚介はいずれも、市場内の仲卸から仕入れる鮮度バツグンの魚介を使用。揚げ油にはごま油とサラダ油をうまく調合して使い、外はカラリ、中はしっとりした絶妙の揚げ加減に店主の黒川さんの技が光る。いずれも衣は薄めでくどくなく、ネタの味がしっかり強調されているよう。魚介のほか、店主がこだわりをみせるのは野菜の天ぷらで、所沢や千葉の鴨川など契約農家から仕入れる季節ごとの有機野菜は、150種類以上に及ぶとか。この日の野菜は何と、西洋野菜のズッキーニ。ねっとりとジューシーな食感が口直しにはなかなかいい。ほかにもアスパラガスやモロヘイヤなど、個性的な野菜が天ぷらに意外に合うようだ。
熱いうちに天丼を一気に頂いた後、天かすを浮かべたみそ汁で締めくくりとする。素材の良さで勝負の、ボリュームとスタミナ重視の市場食堂を巡り歩いていると、素材の味を繊細かつ上品に引き出した料理はインパクト充分。こんな人目に付かない路地裏で、こだわりの本格的な天ぷらが味わえる。築地の味も、まだまだ奥が深く、常連面するにはまだまだ早い? (2004年6月16日食記)