
茨城県日立市で地魚の合同取材を終え、大甕駅で解散となったのが13時過ぎ。特急に乗れば上野に15時ごろに帰れるが、特に帰りを急ぐこともない。地図を見ると電車に20分も乗れば水戸だ。水戸で名物といえば納豆に梅干し、あとは… とすぐにはピンとこないが、そこは徳川御三家のお膝元。町を歩けば何かうまいものに出会うだろう、と気まぐれで1泊、町を歩いてみることにした。
予約したホテルは駅の南側、桜川の近くにあり、荷物を置いてさっそく昼食をとりにいくことに。といってもこちらは繁華街とは反対側になるため、幹線道路の駅南通り沿いにファーストフード店やファミリーレストランが並ぶ程度である。ホテルから5分ほど歩いたところでようやく、「水戸藩ラーメン」なる格式ありげな大看板を掲げた店を発見。水戸のご当地ラーメンのようなのでこの「金龍菜館」に決め、店内へ入るとラーメン屋というより中華料理屋風だ。メニューにはチンジャオロースにエビチリといった単品をはじめ、麺類やチャーハンにコースなど幅広く、見回すと多くの客は、997円のラーメン+1品のお得なセットを頼んでいる様子である。一見、町の食堂のようだが、「水戸納豆汁なし味噌ラーメン」なるご当地メニューもしっかり見られる。
壁に貼られた大きなポスターによると、お目当ての水戸藩ラーメンは「医食同源・日本で初めてラーメンを食べたのは黄門様」と堂々唱えられている。注文しつつ、半信半疑で店の人に詳しく尋ねたところ、意外にも当時の文献にその旨がしっかりと綴られているとのこと。さかのぼることおよそ300年ほど前、水戸黄門つまり水戸徳川家2代藩主の徳川光圀が、歴史書「大日本史」を編纂するために明(当時の中国)から儒学者・朱舜水を招聘した。その際に彼が光圀に振る舞ったという中国の麺料理が、一説によると日本のラーメンの起源と言われているそうである。
しばらくして運ばれてきた盆には、丼と脇に5つの小皿が並んでいる。丼の中には澄んだスープとやや茶色がかった麺、具はチャーシューのほかチンゲンサイやシイタケ、さらに白い松の実と赤いクコの実が鮮やか。小皿にはそれぞれ違った薬味がのっている。当時の文献から再現したこのラーメン、見た目からして普通のラーメンとはかなり違った独特のスタイルだ。茶色い麺は小麦粉に加え、何と粉末にしたレンコンを練り込んであるという。小皿の薬味は「五辛」と呼ばれ、正体はニンニク、ニラ、ラッキョウ、ネギ、ショウガ。店の人によるとまずはそのまま麺を食べてから、好みで五香を入れるとのことで、そば風にも見える麺を試しにひと口。ゴツゴツと食べ応えがあり、レンコンの土の香りや甘みがほんのりしてくるようだ。2、3口頂いて、五香の中からネギとニラとエシャロットを入れてみると、重さと泥臭さがなくなりさっぱりと爽やか。続いてニンニクとショウガを入れるとインパクトが強くなり、いかにもラーメンといった感じになった。
水戸藩ラーメンは平成6年に市内の川崎製麺所が商品化し、現在は同社に事務局がある「水戸藩ラーメン会」に加盟する市内の8軒の店で食べることができる。レンコンを練り込んだ麺と豚や鶏などを炊いたスープが基本で、スープや具などで店ごとに変化をつけ、オリジナリティを出しているそうである。ここはたまたまラーメン会会長の店で、極めて薄味のスープは中国・浙江省特産の「金華ハム」からとったこの店のオリジナルだ。金華ハムは「世界三大ハム」とも呼ばれ、広東料理では澄んだ中華スープをとるのに欠かせない高級食材。これも当時の文献に基づいて使っているとのことで、脂分は少なくスイスイとレンゲがのびていく。
ちなみに徳川光圀は学者肌で好奇心旺盛な人物と伝えられ、ラーメンのほかチーズや牛乳、さらに肉食文化がまだ伝播していないこの時代に豚肉や羊肉など、氏が日本で初めて食べたと伝えられる食品は数多い。そしてラーメンとくれば餃子。朱舜水の文献によると光圀は餃子も食したことが記録されており、この店では同じく文献に基づいて再現した「水戸藩餃子」もやっているのだ。見た目は一見、普通の餃子と変わらないが、何もつけずそのままどうぞ、と店の人に従いひと口かじると、豚肉と鴨肉をブレンドした餡がとにかくうまい。中は鮮やかなピンク色で甘い香りと旨味がたっぷりで、上等なつみれだんごのよう。野菜はシイタケやフキほかクコの実に、3種をブレンドした梅も入っているが、酸味が分からない程度といい隠し味のよう。そして皮にはもちろん、レンコンを混ぜてある。確かに醤油が不要の、完成された味の餃子である。
それぞれを食べ進めても、漢方で体にいい薬膳ラーメンに餃子だから、胃にもたれずどんどんいけるのがいい。大き目のチャーシューは脂身がほんの少しだけトロリ、脂分がほとんどない料理ばかりで少々ホッとする。クコと松の実と一緒に頂いて、五香が全部入ったヘルシーなスープをぐいっ。すっかり飲み干してごちそうさま、すると空の丼の底から葵の紋が「ひかえおろう!」とばかり現れて思わずビックリ!。(2005年11月27日食記)