
本州最東端の納沙布岬も訪れた。道東名物の花咲ガニも買った。根室は充分堪能した… と言いたいところだがもうひとつ、一風変わった名物料理がまだ残っている。その料理とは、根室の喫茶店ならどこにでもある定番メニュー。早朝から動き回ったおかげで、駅に近い「ニューモンブラン」の入口をくぐったのは開店の9時ちょうどだった。暗めの照明で薄暗い店内には革のソファのボックス席がずらりと並び、ひと昔前の純喫茶の趣。入口そばのカウンターに常連らしい客が2、3人コーヒーを飲んでいる程度と、開店直後だから客の姿はほとんどない。メニューを渡しながら「エスカですね?」といきなりお目当てを勧めてきた店のお姉さんは、その後も何かと話しかけてきたり、常連たちとこちらをちらちら見たりと、季節外れにやってきたよそ者が気になるようである。
地元の人は「エスカ」と呼ぶその料理、正しくは「エスカロップ」という。何となくアイヌ語風の名前から、魚介を使った郷土料理を思い浮かべたり、道東産のワインの銘柄(←それは『とかっぷ』)とか幻の実と呼ばれる果物(←それは『ハスカップ』)とか似たような語感の名物を連想するかも知れない。正体はそんな北海道風のものとは無縁の、バターで炒めたライスにカツをのせてデミグラスソースをかけた料理。もとはこの店の前身である「モンブラン」のシェフが昭和38年に考案した料理で、市内のレストランや喫茶店のメニューにはかならずある、根室限定の名物料理として道内では知られた存在という。
店の人と常連客の視線を気にしながら? 新聞を眺めつつ待つことしばし。先ほどのお姉さんが運んできた料理はたっぷりのライスにカツ、サラダなどが金属の皿にのっていて、いかにも洋食メニューといった感じである。まるで洋風トンカツだな、と思いながらまずはカツからひと口頂く。ライスと一緒に食べるのに合うよう肉は薄めで、いいラードを使っているのか衣がカリカリに香ばしい。洋食なのにまるで昔の肉屋の串カツを思い出させる、どこか懐かしい味だ。ちなみに考案された当初はトンカツではなく、子牛の肉のビーフカツだったが、高価なため後に現在のスタイルになったという。料理名の由来のカギもこのカツにあり、フランス語の「薄切り肉」「カツレツ」という説が有力。ひも解けば解くほど北海道に縁がなさそうな料理だが、ご飯と肉がたっぷりでボリュームがあるため、漁港や港湾など肉体労働者が多かった根室では当時から人気を博していたそうである。
さらに注目はデミグラスソース。トマトの風味が際立って酸味が強く、肉のいい味が見事に引き出されている。この店は元祖の店で修行したシェフが当時の味を継承しており、ソースも野菜を中心に香辛料を加えて1週間ほど煮込んだ秘伝の味。どの店のエスカロップも基本は大差なく、ソースの違いで味を競っているのだ。揚げたてのカツとの相性バッチリでカツばかり進んでしまい、ライスも頂くとバターの豊かな香りが後をひき、スプーンがとまらない。具は刻んだタケノコのみとシンプルで、サクサクした食感が食欲をいっそうそそる。カツ同様にライスにも変遷があり、ビーフカツの頃はライスでなくスパゲティナポリタンだったという。さらにライスに変わった当初は現在のバターライスではなくケチャップライスで、現在も通称「赤エスカ」と呼ばれるケチャップライスのを出す店もある。ちなみにバターライスのは通称「白エスカ」。店によってはチャーハンのところもあるが、具はタケノコだけが正統派のスタイルだ。
カツをおおむね平らげても、ソースがかかったライスがハヤシライス風でまたおいしい。一見奇抜な組み合わせだが、ソースがカツとライスをうまくまとめているようだ。札幌方面へ向かう列車を待ちながら、食後のコーヒーをのんびり飲んでいると、店の人はまだこちらが気になるようなので他所者は早々に退散。眼前に北方領土を望む岬、ロシア語の看板をあちこち見かける町の散策の締めは、国籍不明の異国風、最果ての地ならではの味といったところか。(2005年10月29日食記)