
帯広から特急に乗り継ぎ、釧路へは16時過ぎに到着した。ここから先は人家もまばらな根釧原野で、特急や急行は走っていない。たった1両の花咲線のディーゼルカーで、日が沈み真っ暗な原野をさらに3時間近く揺られ、ようやく日本最東端の街・根室へと到着した。ホーム1本だけの小さな駅を出ると、まだ19時前というのに人通りはまばら。周辺に繁華街もなく、たまに明かりがついた飲食店がぽつりぽつりある程度で、街全体が何だかひっそりしている。
結局駅からホテルへ向かう途中、やっていそうな店は3軒しか見かけなかった。さっとシャワーを浴びたらさっそく、その中で目をつけておいた居酒屋「釜丁」の暖簾をくぐった。カウンターとテーブルに客の姿はなく、座敷に地元らしい客が数組いるのみと、週末の飲み屋なのにがらんとしている。空いているので4人がけのテーブルに陣取ったら、せっかく道東有数の水産都市に来たのだから、肴はもちろん魚といきたい。品書きによると、「時価」と表示された刺身が各種揃っている様子。オホーツク海と大平洋の優れた漁場それぞれに面しているだけに、サンマや花咲ガニ、北海四島(しま)エビにねむろ前浜のホヤ刺しなど、豊富な地物が魅力的だ。まずは中ジョッキと、今が旬であるサンマの刺身に〆サバを頼むことにする。
最近は生のサンマが都会にも出回るようになったため、サンマの刺身は以前ほど珍しくなくなったが、かつては漁場が近く鮮度のいいサンマが水揚げされる、道東の漁師町ならではの家庭料理だった。ひとり、お疲れ様の乾杯をして、皿の上にどっさりと盛られた刺身を遠慮なくガバッといく。シャクシャク、トロリとした味わいのサンマに、肉厚でジューシー、口の中でほろりとほぐれる〆サバを交互に口に運んでは、ジョッキをグイッ。サンマは見た目からも鮮度の良さは分かるほどで、ルビー色の鮮やかな身とたっぷりついた紅色の脂肪が食欲をそそる。〆サバも酢がきりっと効いて、サバの旨味をふくらませる絶妙な加減。これはサバ好きにはたまらない味だ。あっという間にジョッキが空きお次は地酒、と「北の勝」搾りたて平成17年ものを追加。根室にある碓氷勝三郎商店が蔵元で、やや甘いが後味がさっとひくくせのない酒だ。
ここで店の看板メニューである、釜飯を注文する。まだ飲み始めで締めのご飯には早いのでは、と思うかも知れないが、炊きあがるまでに時間がかかるため、早めにお願いしておくことにした。カキ、ホタテ、エビなど、根室近海など道東で揚がる魚介を具にした釜飯が7種揃う中でも、目当ては根室特産の花咲ガニをつかったカニ釜飯だ。皿に大盛りの刺身を平らげ、追加した鵡川産の本物のシシャモを肴に「北の勝」を空けながら待つこと20分ほど、盆にのって釜飯のふたを開けたとたん、プンとカニの甘い香りが立ち上がってきた。具はタケノコ、ゴボウ、ニンジン、シイタケ、グリーンピースなど野菜のほか、たっぷりの花咲ガニのほぐし身がうれしい。ご飯をひとくち頂くとまさにカニの味そのもの、旨味がたっぷりと染みていて、かみしめるごとにカニの香りがパッと広がってくる。身はご飯にダシを出しても豊かな味が残っていて、カニの身とご飯を肴に「北の勝」が進んでしまうほど。ズワイガニや毛ガニよりどっしり濃厚な味が、釜飯に向いているようだ。
釜いっぱいのご飯を平らげ、大アサリがたっぷりの味噌汁を飲み干したらさすがに腹いっぱい。シシャモと「北の勝」がちょっと残ってしまったので、ホテルで寝酒にするからと持って帰ることにした。ホテルへ向かって歩く通りからは、暗くて見えないがオホーツク海が近い。さっき頂いた花咲ガニの漁場でもあり、しかもすぐ先はもうロシアの領海。美味しいもの食べたさとはいえ、思えばずいぶん果てまで来たものだ。(2005年10月28日食記)