新宿歌舞伎町の入口にある大衆酒場「酒蔵樽一」が主催する、「樽一会」の時期がやってきた。年に4回、先代の御主人を偲びつつ常連が集まって飲む会で、季節ごとに旬の味覚がずらりと揃い、会費分をはるかに上回るおいしいものがたっぷり頂けるとあっていつも楽しみにしている。仕事が終わるやいなや地下鉄にとび乗り、新宿駅から歌舞伎町の中央通りを歩いてすぐ。新宿コマ劇場のやや手前の古びたビルの5階にある店は、店内もレトロムードで古き良きニッポンの居酒屋といったたたずまい、ここだけ時間が止まったような雰囲気だ。すでにお客でびっしりだったが、奥の座敷に何とか場所を見つけてさっそく「浦霞」で乾杯である。

 この店は昭和43年の創業以来、宮城の地酒「浦霞」にこだわり、何と全銘柄を揃えている。うれしいことに今日はそのすべてが飲み放題だ。目の前の氷水には「大吟醸」「山田錦(純米大吟醸)」「禅(純米吟醸)」など、浦霞の様々な銘柄が冷やされて出番を待っている。お客のひとりが「どうぞ、一番高いヤツだよ」と勧めてくれた「エクストラ大吟醸」からまず一杯。まるでワインのようにフルーティーで爽やかな甘味がありこれはいける、とさっと盃を空けたら、あとは客同士でさしつさされつ盛り上がることに。切れ味が良い辛口だったり、甘味がほのかだったり、すっきり水のように飲みやすかったりと、同じ銘柄なのに注がれるたびに違う味わいなのが楽しい。ちなみにこの日は50回の記念として、原酒金ラベルを1本おみやげに頂けるのがまたうれしい限り。店の創業時から出しているくせのないまろやかな辛口で、この店でしか味わえない貴重な酒である。

 料理の皿もどんどん運ばれてくるので、じゃんじゃん食べないと置き場がなくなるほどである。秋〆さばに戻りガツオほか、ふわりとしっとりした青森・大間のホンマグロ赤身などの刺身。スプーンでたっぷり頂く箱ウニや三陸直送の殻つき生ガキは潮の香りがたっぷり。サケの白子揚げやアンキモ煮、タラの白子ポン酢といった元気が出る一品。普段も三陸の魚介を中心に300種あまりのメニューが揃うが、「この会にいらしてくれる方々には、とにかく美味しいものをいっぱい食べていってほしいですね」と店主の佐藤さんは話す。会の時の仕入れは特に気合いを入れているそうで、苦笑しながら儲けはさておきの大判振舞いとも? 先代が突然他界された後を継ぎ、店の切り盛りに色々苦労を重ねたそうで、先代以来の常連なのか、「新宿歌舞伎町のどまん中にこんな居心地がよく、酒も肴もうまい店が残っているなんて貴重だね」と客のひとりがしみじみ話している。

 そしてこの店のもうひとつの名物・鯨料理にも注目である。この日は鯨の本皮と冬瓜煮、すだれ鯨、そして鯨のシャリアピンステーキはたっぷりの肉汁で味が濃厚で、これは銘柄牛のサーロインステーキにも匹敵する力強い味わいだ。鯨はアメリカを中心とするIWCの圧力による商業捕鯨の禁止措置により、なかなか口にすることが難しくなってしまったが、この店では「鯨を食べることは貴重な食文化である」という姿勢を頑に守り、こうした料理を普段からお客に出しているという。今年、韓国の尉山で行われたIWCの年次会議では、鯨資源の持続的利用国(つまり捕鯨国)と反捕鯨国の勢力が拮抗してきており、今後調査捕鯨の枠の拡大、さらに商業捕鯨の再開へ向け若干見通しが明るくなってきたといわれる。貴重な食文化の復権に向けて、先行きを期待したいものである。

 …と難しい話でごまかしたが、実はこのあたりからよく覚えていないのだ。その後も「浦霞」を勧められるだけ空けていったようで、まわりのお客と大騒ぎをしながらずいぶん盛り上がってしまった(らしい)。気がついたらちゃんと帰りの電車に乗っていたのでまずは安心、片手には「浦霞金ラベル」が入った袋もちゃんとあったのでさらに安心。(2005年11月7日食記)
※そんな状況で料理の写真など撮っている訳はなく、この投稿の写真は「酒蔵樽一」のホームページより借用させていただきました。失礼。