寝台特急「北斗星」の個室にて、出立の宴でつい杯が進んでしまったおかげで、青函トンネル通過も記憶にないほど熟睡。目を覚ますと列車はすでに登別を過ぎている。あわてて顔を洗い宴席の後片付けをして、慌しく南千歳で下車。1年ぶりの北海道上陸である。

 特急「スーパーおおぞら」に乗り換えて2時間ほど、十勝の代表都市である帯広には11時過ぎに到着した。20時間近く列車に乗り通しでさすがにくたびれたので、昼食を兼ねて3時間ほど町を散歩することにした。まずはお昼、と、駅前広場の右手にある「ぱんちょう」を訪れてみる。いまでは帯広の代表的ローカルフードとなった豚丼は、1933(昭和8)年創業のこの店の創業者・阿部秀司氏が考案した料理だ。十勝地方では開拓期から盛んに豚が飼育されていて、これを食材に寒冷地なので体が温まり、しかも庶民でも手軽に食べられる料理をと考案されたもの。戦後、帯広の老舗食堂の創業者たちにより普及し、昭和30年代から豚丼を出す店が増え、この地に定着していったのだ。その「元祖の味」を期待していたのだが、昼前なのにすでにずらりと行列が延びている。

 店に近い飲食店が立ち並ぶ繁華街「帯広銀座通り」に足を向けてみると、こちらにも「豚丼」ののぼりや看板が意外にあちこちに見られるが、人通りはほとんどなくさびしい限り。ガイドブックや情報誌にかならず載っているぱんちょうのひとり勝ちといった感じである。とはいえ行列に加わっていると町を歩く時間が少なくなりそうなので、この通りで一番立派な店構えの「弁慶総本店」を選んだ。

 豚丼の店というと小ぢんまりした丼屋や定食屋を思い浮かべるが、ここの店内は広々していて、テーブル席のほかカウンターや座敷、小上がりもある。というのもこの店、帯広屈指の老舗和食処で、割烹や寿司、海鮮料理なども定評がある。豚丼以外にも、道東の魚介や十勝牛など、壁には地元産の味覚を使った一品料理が多種多彩に揃い一瞬、魚介にひかれるが、ここは初志貫徹。品書きによると店のおすすめは「豚玉丼」で、「ぶた丼に焼きのり、青ネギ、温泉卵がのり、照りとコクがある肉にピッタリのまろやかで絶妙なバランス」とある。味噌汁と漬け物つきで1250円也。

 BSEによるアメリカ・カナダ産牛肉の輸入禁止措置の影響で、チェーンの牛丼屋で豚丼を出すようになって久しいが、帯広の豚丼は薄切りの豚バラ肉を玉ネギなどと煮込んだそれとはスタイルが異なる。厚めの豚バラ肉かロースを炭火などで焼いてご飯にのせただけで、外見は「豚しょうが焼き丼」と言ったほうがイメージしやすいだろう。もっとも味付けは醤油、砂糖、みりんをベースにしたコクのあるタレを使い、肉以外の具はなし。タレは日本人の味覚に合うよう、ウナギの蒲焼きをヒントにしたもので、店ごとに味を工夫して独自性を出しているという。まさに肉とタレの味だけで勝負、といった、素材重視の北海道らしい料理である。

 運ばれてきた丼はやや大きめで、上には焦げ目のついた肉が表面を被うほどたっぷりのっている。ご飯もやや大盛りと、なかなかのボリュームだ。さっそく肉を1枚箸でとるとショウガ焼きよりやや薄め、その分歯ごたえが柔らかくさくさくと食べやすい。店の人によると、肉は使う部位や枚数、厚さが店ごとに異なり、この店では地元豚のロースを使っているとのこと。さらに肉を柔らかくするワインを使い、タレをからめて素早く一気に焼き、カリカリした香ばしさを出しているのだそうだ。甘めのタレがよく染みているから、かみしめるたびに甘味が出る。肉の上に散らした青ネギがすっきり、肉とご飯の間一面に敷いた焼きのりが香ばしく、やや重たい味わいなのに飽きずにどんどんいける。中央にのった温泉卵を、試しに肉にからめてみたら、肉の旨味が純粋に立ち上がってくる。さらにテーブルの薬味の山椒をかけてみると、蒲焼き風のさっぱりした味に。さすが料亭の豚丼だけに、3種の味が楽しめて面白い。最後の1枚はどれにするか迷ってしまう。

 カツオと昆布の旨味が濃厚な、料亭の味らしい味噌汁を頂き、甘ったるい後味がすっきりしたところでごちそうさま。店を後に、銀座通りを町中に向けて歩いていると、料理屋の店頭に「今、十勝人の食文化は豚である」との言葉が記された看板が掲げられているのが目に入ってきた。帯広開拓の祖である依田勉三の言葉だそうで、十勝のローカルフードの味はまさに、開拓時代の精神が受け継がれた味なのだろう。(2005年10月28日食記)

※次回は帯広で食後の喫茶編。といえば、全国的に有名なチョコレート、バターサンドのあのお菓子屋が登場…。