前にも書いたが、築地の市場食は市場で働く人のための食事でもある。だから、早朝からの魚河岸での重労働に耐えられるためのエネルギーを蓄えられるような、スタミナのつく料理を出す店だって数多い。築地を訪れる観光客はみんな、寿司や海鮮丼の店へまっしぐらだが、一方でこういった築地の「地元メシ」を食べてみれば、よそ行きでない素顔の築地を感じられると思うのだが。
 ちょっと間が空き、10日ぶりの築地である。前回、朝からウナギを食べた日は、おかげで1日快調、快調。そこでこの日も朝からスタミナ食、と店はすでに決めている。新大橋通り商店街で何度か店の前を通った時、漂ってきた煮込みのいい匂い…。「きつねや」という屋号まで、すでにチェック済みだ。
 ここも先日の「井上」同様、カウンターに席3~4つの小さな店で、通路に例の「離れ」席があるのも同じスタイル。カウンターに腰を下ろすと目を引くのは、店の中央に据えられた大鍋だ。中ではグツグツとモツが煮込まれていて、店じゅうに漂う味噌の甘ったるい香りが食欲をそそる。
 それにしても今日も相変わらず暑いが、この店はさらに暑い。壁の温度計を見ると何と35度! 「今日なんてまだ序の口。真夏になれば、鍋からの熱でそれこそものすごい暑さ。もう大変よ」と、鍋の中にモツをドサッと追加しては、頻繁にかき混ぜながらおばちゃんが笑っている。「ここのモツ煮を朝飯に食べると、元気が出るから夜まで持つんだ」と、隣に座った市場の関係者らしい客が話す。それはすごい、と思ってよくよく考えてみたら、築地の人は朝が早い分夜も早い。いま朝ご飯(?)を食べれば、彼らの「夜」まで充分持つのも道理か。
 注文したホルモン丼は、牛の小腸をこんにゃくとじっくり煮込んだホルモンを、丼飯にたっぷりかけたものだった。卓の七味をパッと振ったら、丼を片手にザッとかき込む。数十年の間変わらずに店に伝わる秘伝の味噌ダレは、見かけはどす黒いが辛さ、くどさはなく、ほんのり甘辛い風味で実にまろやかだ。こんにゃくはしゃっきり、モツはとろりと柔らかく、ボリュームあるがぐいぐい入っていく。食べ進めても、タレが丼の底のご飯までたっぷり染みているのがうれしい限り。追加で生卵を落としてみたら、ちょっと味が薄まるから好みが分かれそうだ。
 ガツガツと丼を平らげながら周囲を観察していると、飯と煮込みを別盛りで注文しているのが多く、これが築地流なのかも。肉豆腐や煮込みを肴に、一杯飲み屋のようにビールをあおる人もいて、これから仕事に行く身としては何ともうらやましい。もっとも朝が早い彼らにとっては、仕事を終えてちょいと一杯、の感覚なのだろう。(2004年5月25日食記)