神について | 中村和裕オフィシャルブログ「KING KAZ の事」by Ameba

神について

どうも。


神についてなんて書くと


中村どうしちまったんだって言われそうで


なんか嫌なんですが


親父のたわごと感覚で読んで下さい。


ちなみに自分は無宗教です。


昨日書いたブログのコメントに


「道場の畳やグラウンドに一礼する事や、

米一粒に神様がいという日本の教えは

素晴らしいと思います」


「一神教の共同体の中で育ってきた外国人には、

その意味や意義が理解出来ない人が

少なからずいる様です」


ここでの一神教とはアメリカのように国民的宗教はキリスト教


っといったような国を指します。

なんでこのような話になったかと言うと


単純に子育てや自分が今まで成長した過程のことで


自分の場合

子供時代に何を見本に育ってきたのかを考えたときに

やはり一番の基準は親でした。

自分の憶測ですがアメリカの場合、キリスト教という国民的宗教があり

辛いとき苦しいとき人生の岐路に立つ時

神に祈る

生きる基準というものが考えるより先に自然とそこにあるように思い

国全体で生きて行く見本を提示してるんじゃないのか

っと思います。

日本で育った自分の場合、それに該当するのが親でした。

そして多くの子供を指導する中で

親が子に対する影響力は絶大なものであると確信しました。


話がだいぶそれたんですが


そういった国柄で考えが違うように


神のあり方も国によって違うと思います。


自分は


神ってなんかただの言葉のようで


否定じゃないですが


アメリカなんか実際見たことない物、確認し切れてない


不透明な存在に祈るわけで


だったら自分は先ほどの


米粒にも神は宿るってほうが信憑性があると思います。


米は自分に栄養を与えてくれる


そりゃー神でしょーってな感じになるんだよねー。


だから感謝しよって思うし


神を具体化するかしないかの問題だとは思うんですが


まーなんか俺ってめんどくさいね。


どうでもいいんだけどそんな感じです。


なんかしゃしゃってすいませーん。



ほな