昭和37年4月、宝塚大劇場にて初舞台を踏みました。
作品は、高木史朗先生作並びに演出の星組公演、グランドショー「メイド・イン・ニッポン」。
天津乙女さん、春日野八千代さん、寿美花代さん出演の一本もので、本作は通産大臣賞を受賞しました。
写真はその初舞台姿。
また、同期生3名と銀橋を走る役にもオーディションで選ばれました。
同じ舞台を踏んだ同期生は以下の通りです。
愛みに子、愛里ゆり、麻月鞠緒、朝海しずか、綾三千子、有里馨、杏城由花、大門照美、大月英湖、小川エリイサ、薫邦子、輝みちる、風花舞子、川路真瑳、公郷奈美、楠かおり、小出利恵、紺早千子、咲花やよひ、笹波里花、志野さくも、東海林みはる、白河千里、白妙耀子、城克巳、銀あけみ、清はるみ、千夏記、千寿毬子、高毬子、辰巳千鶴子、珠丘美登利、環木しおり、千明沙代、チェシイスカラパンナ、千草美景、千沢絵美、千波薫、千代田佳子、翼まり、鶴文子、渚あゆ美、夏木淳、奈々敦美、南原美佐保、二條幸美、野路わたる、希ゆかり、初海由佳、浜路ゆみ、飛川あゆ美、富士ます美、藤波かほる、文月てるみ、舞千鶴、真城隆子、松風嶺子、松原三保、松保美砂、三久良由美、水はやみ、水町美穂、水上千弥、美保川千里、紫麻里子、萌いづる、八島左知、八代由美、八千代環、山城由里、由比碧、由起瞳、雪城ちづる、吉本佳世子。
以上75名。宝塚歌劇団48期生。
ちなみに、宝塚音楽学校入学時はほかに2名おり、全部で77名だった為、同窓会の名前は今でも“ナナの会”となっています。
実は、舞台を踏まずに歌手の道へ進んだのが梓みちよさんなのですが、ナナの会には参加されていましたよ。
私、風さやかは後に退団してコロムビアレコードから真木七奈(ナナ)としてソロデビューすることになりましたが、同期の梓さんが成功されていたことも少なからず影響があったように思います。
