神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神とは〈いのち〉であり、それへの感謝が信仰だ。あらゆる違いがあっても、それは闘争の理由とはならない。我々は等しく〈いのち〉を生きているからだ。その理解こそが、新しい文明の思想軸となる。

護摩祈願・オンラインありがとう禅・ありがとう断食などに関する詳細情報は、町田宗鳳のホームページをご覧ください。ご参加をお待ちしております。https://arigatozen.com/

中華民国ヨガ協会理事長の劉女史とは十数年前からのお付き合いだが、今回、苗栗にある彼女のヨガ研修道場にお招き頂き、貴重な時間をもった。まず原野を切り開いて造られた道場は緑に溢れ、花が咲き乱れ、さまざまな果物がふんだんに出来ていた。小鳥がさえずり、あちこちに巣を作り、雛が孵っていた。まるでこの世の極楽浄土だった。

 

十年前に10名のヨガ師範が台湾から「ありがとう断食」に集団参加されたのだが、今回もその中の数名が私たちに会いに来て下さった。どなたも上品で若々しく、明朗であることに、改めて感心した。その場で、見事な精進料理とデザートを作って頂いたのだが、どれも飛び切りおいしかった。

 

今秋はそこで「ありがとう禅」を開催し、来年は20名の方が「ありがとう断食」に参加されることになった。「ありがとう」の言霊を通じて、台湾と日本の絆がいよいよ深まっていくようで、非常に嬉しい。私も馬糞と戯れてばかりいないで、いよいよ本気で中国語を学ばなければいけない。(笑)

 

今まで幾度となく台湾に足を運んでいるが、まさかこの国で自分の本が出版され、さらにその記念講演会が開かれるなど思ってもいなかったことだ。台北入りしてから、私の本を担当された出版社の編集者や翻訳者にもお会いしたが、どなたもお人柄がとても良く、嬉しく思った。講演会場に赴くと、想像以上に立派なホールで大勢のスタッフが準備万端で迎えてくれた。

 

通訳者も事前に私の考えをよく理解されていて、阿吽の呼吸で講演することが出来た。台湾の人たちは一般に現実的で快活だが、自分たちが文明史の中で置かれている立ち位置をしっかり自覚してほしいという思いで話をした。『異界探訪』が鏑矢となって、他の本も中国語に翻訳され、アジア人として共通の価値観が中国語圏で認識されることを願っている。もちろん、それは財運を最優先する漢民族の文化を超えたものでなくてはならない。

 

国境を越えて、世界各地に広く定着している中国語圏の人々の自覚次第で、これからの世界情勢が大きく変わるような気がしている。英語圏の人間が人類文明を主導する時代は幕を下ろしつつある。日本の初等教育でも将来を見据えて、英語と中国語を併修するようなカリキュラムに舵を切るべきだと思う。外国語能力を磨けば、おのずと母国語の表現力も豊かになるので、一石三鳥だ。

 

台湾旅行の前日、安全祈願の弘法護摩を焚いた。すると、訪問予定にしていた「黒森林」におわすご神霊から「高い所で あやさすらいて 皆を待つ」の声が届いたので、参拝を欠かすわけにはいかないと思った。

 

しかし、現実には幾つものハードルがあった。まず目的地にまで行く小型バスが週末のために混雑し、参加者12名全員が乗れる可能性が極めて小さかった。⇒ 往復ともに全員が坐れ、しかも貸し切り状態になった。

 

黒森林での神事の際、大勢の観光客が押し寄せる可能性があった。⇒ 実際に神事直後、そういう状態になった。

 

「白龍に見立てて、濁り酒を供えよ」⇒ 白龍が如き白い霧が森に漂っていた。

 

「目前の景色が変われば、全員歓迎の験しである」⇒ 霧雨の中、太陽の光が差し始めた。

 

「御杖(みつえ)の後に直会であるぞよ」⇒ 神事の最中に、大枝が爆音を立てて落ちた。その後、山上の山菜料理店で、予約もせずに直会を開くことが出来た。

 

帰途、温泉入浴を予定していたが、バス混雑のためにほぼ諦めていた。⇒ ゆっくりと二時間の湯治が出来た。

 

下山後、食事を予定していたが12名が一挙に入れる店は皆無に近かった。⇒ 人気餃子店や豆花カフェで、全員が食事できた。

 

恐るべきは神の効験だ。決して侮ってはならない。人間の傲慢には必ず天罰が下ると考えてよい。