横須賀停泊中の「いずも」侵入ドローンに空撮される

海上自衛隊横須賀基地に停泊中の護衛艦「いずも」を、基地内に違法侵入したドローン(無人機)が撮影した動画が、中国の動画投稿サイトなどで拡散された事件で、木原稔防衛相は「極めて深刻に受け止めている」と述べ、報道各社も、甲板に爆弾でも落とされたらどうするのか、といった懸念から、「警備のお粗末さにあきれてしまう」(読売)、「ドローン攻撃に脆弱である深刻な事態が露呈」(産経)と厳しく批判した。

ウクライナ戦争の戦場で使用されるドローン by Gettyimages

ウクライナ戦争の戦場で使用されるドローン by Gettyimages© 現代ビジネス

ウクライナ戦争が始まって以来、抗戦するウクライナは、ドローンに搭載したカメラやセンサーを使ってロシア軍を混乱させ、撃破する様子などを配信し、世界中がドローンの威力を目の当たりにしているだけに、自衛隊や基地周辺警備を担う警察当局に対する厳しい批判はやむを得ないだろう。

だがこの事件の深刻さは、自衛隊や警察だけに突きつけられたのではなく、私たち国民にも、見直すべき問題があるという現実を突きつけていることに気づかなければならない。

小型ドローンを排除しようとするとネットもスマホも

その一つはドローン排除の可能性だ。事件後、鬼木誠防衛副大臣は衆議院外務委員会で「ドローンを発見次第、妨害電波で強制着陸させるなどの対策を進めていく」と答弁している。一般的にドローンは、ジャミングと呼ばれる電磁波を用いた攻撃には脆弱であり、飛行に必要な電波周波数帯を遮断すれば対処できるというのはその通りだ。だが問題は、現時点でそれが可能なのかということだ。

ドローンは機種や用途が様々で、例えば、海上保安庁が海洋監視などに使用している長時間飛行可能な大型固定翼のドローン「シーガーディアン」は、地上から衛星を経由し、特別に割り当てられた周波数帯を使って運用している。だが直面する危機は、今回の空撮で用いられたような市販されている小型ドローンへの対処だ。

 

国内のドローン規制については後述するが、市販されている4個の小さな回転翼で飛行する小型ドローンの大半は、誰でも無資格で扱うことが可能で、しかも、使用する周波数帯は、パソコンやスマートフォンで使われるWi-FiやBluetoothなどと同じ2.4ギガヘルツ帯に限られているということだ。

この事実は何を意味するのか――。それは今回の空撮事件で、小型ドローンの基地内への侵入を防ごうとすれば、日常的に基地周辺を飛び交う2.4ギガヘルツ帯の周波数帯を遮断しておかなければならないということである。その結果は、相当に広範囲な地域でインターネットやスマートフォンなどの通信機器が使えなくなり、銀行のATMや高速道路のETCなどにも支障が生じ、市民生活に多大な影響が出ることは避けられない。

事件を機に政治が説明すべきこととは

自衛隊幹部は「少なくとも平時において、Wi-Fiなどの周波数帯を遮断することは現実的ではない。それではどうするのかと問われれば、目視も難しいような小型ドローンへの対処は難しい」と打ち明ける。だが事件を機に「ドローンの形状や飛行特性などを認識し、ドローンが重要施設内に侵入すれば、瞬時に探知できるAI(人工知能)システムの配備や開発を急がなければならない」と話す。

この言葉を裏付けるように、今回は護衛艦「いずも」だけでなく、米海軍横須賀基地に停泊中の米空母「ロナルド・レーガン」の動画も撮影され、SNS上で拡散されている。「撮影者の本当の狙いは米空母の空撮で、『いずも』はおまけ」といった声も聞かれるが、基地内に入ることすら厳しい米軍基地でも小型ドローンへの対処は難しいということでもある。

 

こうした事実から私たちが認識すべきは、現時点でドローンを使った緊急事態や国家危機が発生すれば、直ちにWi-Fiなどの周波数帯は遮断され、日常生活に大きな支障が出ることを認識し、理解する必要があるということだ。事件を機に、防衛相や防衛副大臣が国民に向かって説明すべきは、そうした厳しい現実ではないのか。

ドローン規制の盲点

二つ目は、ドローン規制など現行法をめぐる問題だ。政府は離島間の物資輸送などドローンの利活用を目的に航空法を改正、2022年6月から、機体重量100グラム以上のドローンの機体登録を義務化し、100グラム以上のドローンを屋外で飛行させる場合には、所管する国土交通省に機体登録しなければならないと定めている。実際に飛行させるには、「無人航空機飛行禁止エリア」の地図で飛行経路を確認し、もし禁止エリア内を飛行せざるを得ない場合には、同省にその旨を申請し、許可を得なければならない。

だが、ドローンなどの運用に詳しい専門家は「規制には大きな盲点がある」と指摘する。それは「国土交通省がドローンを100グラム以上と未満で、登録義務の有無を分けてしまったことだ」と説明する。手のひらサイズと言われる小型ドローンは、個々人の趣味で使う“おもちゃ”として普及してきたというのがその理由でもあるようだが、その結果、登録が義務化されて以降、東京・秋葉原やネット上では、中国製とみられる100グラム未満の小型ドローンが次々に登場、しかも2~3万円程度の安価なものが数多く販売されている。

この専門家は「護衛艦を撮影したのも、カメラ付きで100グラム未満の機体だと思う。見通しの良い場所であれば、往復3キロ程度の飛行は可能だ。今の規制はドローンを悪用する抜け道となっている」と話す。そもそもドローンは、2015年に起きた首相官邸に無人機が落下した事件を機に規制が始まっており、今回の空撮事件のように、今後も悪意を持った違法行為の頻発が予測される以上、航空法の見直しは必須だと思う。

なぜ中国ではフェイク動画と言われたのか

現行法をめぐる問題はこのほかにもある。それは罰則規定だ。護衛艦「いずも」を空撮した動画が中国の動画サイト「Bilibili」で公開されると、中国国内の反応は「基地の中をドローンで空撮などできるはずないだろう」とか「別の動画から切り取ったのか」といった懐疑的な意見が多かった。その理由は様々だが、一つには同じことを中国国内で行えばかなりの重罪として処罰されるからだ。

中国は軍事施設保護法により「軍事禁区」「軍事管理区」と表示された場所に許可なく立ち入ったり、撮影したりする行為は厳しく罰せられ、国家の安全に危害を及ぼした場合は「10年以上の懲役又は無期懲役に処する」と定められている。同法には、敵に攻撃目標を示すような行為が例示されているが、ドローンで飛行甲板上を通過し、撮影の一部始終を公開した今回の行為は、まさに同法違反に該当する行為だろう。

 

中国のネット上の反応をみれば、軍事施設に対する日本の法律も中国と同様に厳しいに違いないと思ったのではないだろうか。だが残念ながら、それは思い違いだ。

厳罰化も選択肢のひとつ

前述した官邸無人機落下事件を機に、2017年に重要施設の上空や周囲の飛行を禁止する「小型無人機等飛行禁止法」が成立、19年以降は自衛隊や在日米軍などの防衛施設(現在は304か所)も飛行禁止の対象となっている。

だが罰則をみると、今回のように海上自衛隊と米海軍の横須賀基地に違法侵入し、護衛艦や空母などを撮影した場合でも、「1年以下の懲役と50万円以下の罰金」にしか処せられない。軽微な犯罪として扱われており、初犯であれば執行猶予だろう。

ドローンが違法侵入し、いずもが停泊していた横須賀基地の逸見岸壁は、市民の憩いの場であるヴェルニー公園に面し、停泊中の護衛艦を間近に見ることのできる場所でもある。国内の自衛隊施設には、旧陸海軍の歴史的な建造物なども残されており、観光施設となっている所も多い。だが、危害が加えられた場合には、国家、国民は甚大な影響を被ることを踏まえれば、軍事施設に許可なく侵入し、撮影するような行為に対しては現行法を改正し、厳罰化で臨む必要がある。

今回の空撮事件は、自衛隊がドローン攻撃に対し脆弱であることを露呈した事態ではあるが、この程度で済んだことを好機と捉え、様々な観点から再発防止策を講じてもらいたい。