岸田首相に聞かせたい!スウェーデン元首相「政治家が支出削減をすると言うなら…」の答えが日本人にはうらやましすぎる

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写真はイメージです Photo:PIXTA© ダイヤモンド・オンライン

北欧5カ国の中でトップのGDPを誇る、北の大国スウェーデン。だが、一院制をとる同国の国会議員の給料は北欧各国の中でも最低で、地方議会の議員にいたってはほぼ無給である。かつて首相官邸の主だったフレドリック・ラインフェルト(2006年10月~2014年10月在任)も、「特別扱いを受けたくない」と語る。彼へのインタビューを通して、我が国の政治とカネの問題を考えてみたい。※本稿は、クラウディア・ワリン『あなたの知らない政治家の世界 スウェーデンに学ぶ民主主義』(新評論)の一部を抜粋・編集したものです。

「床掃除をするときは膝をつく」と

掃除のコツを教える首相

 スウェーデンの首相官邸となっている「サーゲルシュカ邸」に外門はなく、議会近くにあるバルト海とメーラレン湖に接している歩行者専用道「ストロムガータン通り」に位置している。首相の生活空間(私邸)は1195平方メートルある官邸の最上階で、面積は305平方メートルほどである。官邸は外部に設置された2台の隠しカメラで監視されており、時々、スウェーデン公安警察の「ボルボ」が停まっている。

「サーゲルシュカ邸」は美しい館である。しかし、ラインフェルト首相の生活空間には、身の周りの世話をする使用人は一人もいない。

 

「首相の私邸には、一週間に一度清掃業者が入ります。この無料サービスは収入と見なされ、首相はこのサービスに対する税金を収入から払っています」と話すのは、スウェーデン政府の報道官であるアンナ・ダーレン氏だ。

 一般人から驚嘆の反応を引き出すことなく、ラインフェルト首相は料理やアイロンがけ、自らの服の洗濯について、この国の一般市民と同じようにごく自然に話している。

「ちりと埃にとって最大の敵となるラインフェルト首相は、家の掃除を入念に、しかも組織的に行っている。当然、スーツは着ていない。徹底的に掃除するときは、特別なポケットがいくつもあるズボンを履いている」(スウェーデンの新聞「アフトンブラーデット」2008年12月21日付)

 スウェーデンの首相が新聞記事で掃除のコツを教え、市民に「床掃除をするときは膝をついてしなくてはならない」と助言していることを知って、大衆迎合主義的であると思う人もいるだろう。しかし、家事をすることは大抵のスウェーデン人にとって、この国で大量に消費されている蒸留酒の「スナップス」を飲むのと同じように自然なことなのだ。

「私は特別ではなく個人でいたい」

贅沢をすれば国民から批判

「10分間だけですよ」と、首相の報道官であるロベルタ・アレニウス氏がロビーで待っていた私たちに告げた。ラインフェルト首相のインタビューがはじまるという合図だ。

 穏健党の党首でもあるフレドリック・ラインフェルト氏は、2006年に41歳の若さで首相に就任した。中道右派の四党連合が、社会民主党が率いる連立政権を倒したときである。

 本会議場の控室で立ったまま神妙な顔つきのラインフェルト首相が、私を見つめながらこの「王国」について語りはじめた。この王国とは、以前は王族が行使していた権力を現在は政治家が行使しているが、王や王妃のような暮らしをしていない国のことだ。

 

筆者 贅沢や特権に縁のないスウェーデンの政治家のライフスタイルは、道義的な行動規範に従ったものなのですか?

ラインフェルト そう思います。スウェーデンには、ほかの国に見られるような大きな社会的格差がありません。このことは、スウェーデン社会で非常に重要視されています。それゆえ政治家にも、「上に立つ人」ではなく「私たちの1人」であることが求められます。スウェーデン社会における理念の基本原則であり、私もこの原則を快く思っています。

 私はほかの人と同じように、ただの個人でいたいと思います。特別な人であるかのような扱いは受けたくない。この平等意識はスウェーデンの精神に反映されており、「スウェーデンというのはこういう国である」という国のアイデンティティーになっています。もし、私が普通の人とまったく違う贅沢な暮らしをしていると国民が感じれば、ほかの政治家でもそうでしょうが、私はかなり批判されることになるでしょう。

筆者 このようなスウェーデンの価値体系はどこから来ているのですか?

ラインフェルト スウェーデンには民主主義が深く根付いています。政治家だからといって裕福になったり、家族を金持ちにしたり、ほんのわずかの人が享受できるという特権が手に入るわけでもありません。私は、「彼は私の声を聴いている。私の問題を解決してくれている」と国民が言ってくれるような改革をし、この国をより良くすることを目指して政治家になりました。そうでなければ、有権者は他の人に投票したことでしょう。

 私にとって、贅沢ができないことは問題となっていません。首相になる前からしていた日々の家事を楽しんでやっています。目立った違いは、警護官がいつも周りにいることです。それでも、ほかの国民と同じように、今でも家事や身の周りのことは自分でやっています。

筆者 大抵のスウェーデン人がするように、朝、首相も自分のシャツにアイロンをかけているのですか?

ラインフェルト もちろんです。ただし、毎朝ではありません。週末に、翌週に着るシャツにアイロンをかけておくからです。自分でシャツを洗濯し、アイロンも自分でかけています。

 

筆者 毎晩、夕食もつくるのですか?

ラインフェルト そうですよ。自分で夕食をつくって食べています。3人の子どもが私のところにいるときは、子どもの食事もつくっています(ラインフェルト氏は政治家のフィリッパ・ラインフェルトとの間に子どもがいるが、離婚している)。何も特別なことではありません。すべてのスウェーデン人が仕事から帰ったらすることです。

スーパーのレジにも普通に並ぶ

政治家も「仕事と家庭の両立は可能」

筆者 掃除狂だという噂ですが、今でも自宅の掃除は自分でするのですか?

ラインフェルト 2人の子どもには埃アレルギーがあります。子どもの健康問題に直結しているので、家をきれいにしておく必要があるのです。官邸に最低限の清掃サービスを入れることがたまにありますが、通常の掃除は自分でしています。ただ、首相になる前は日曜日に時間をかけて隅々まで掃除をしていましたが、今はできていません。

筆者 なぜ、自分で掃除をすることがそこまで大事なのですか?

ラインフェルト まず、掃除が好きですし、私だけでなくすべてのスウェーデン人がしていることです。家の掃除をすると、自分の生活を管理して、子どもの世話をしているという気分になれるので、自分にとってもいいのです。リラックスした気持ちになれますし、楽しくできるように工夫もしています。掃除をしているときはヘッドフォンで音楽を聴くか、サッカーチーム「ユールゴーデン」の試合中継を聞くんです。

 きれいになった家の中で、子どもが安らかに眠るのを見守ったり、歩き回るというのは最高の気分です。

筆者 人に教えたい掃除のコツは?

ラインフェルト 使い古したワイシャツの裏を使って鏡や窓を磨くと効果的です。

筆者 好きな家事は?

ラインフェルト 服の洗濯ですね。以前は家の掃除のほうが好きだったのですが、今は洗濯です。洗濯すると、何でもこい、準備はできている、という気分になれるんです。

筆者 スーパーのレジで首相が並んでいる姿を見かけた人がたくさんいますが?

ラインフェルト ほかの人と同じように、買い物は自分でしますからね。ただ、今は警護官が付いてきますけどね。

筆者 普通の人がすることをすべて自分でやったうえで、国の指導者としての時間をどのように捻出しているのですか?

ラインフェルト 家事にはそんなに時間はかかりません。このような政治の仕事をしていても、家庭生活を営むことが大切です。きちんと計画すればできるんです。自分の生活のわずかな部分を家事にあてています。それから文書を読んだり、必要があれば電話をかけたりします。仕事と家庭を両立させることは、必ずできます。

政治家が支出削減の必要を言うなら

まずは自分から手本になるべき

 

『あなたの知らない政治家の世界 スウェーデンに学ぶ民主主義』 (新評論) クラウディア・ワリン著/アップルヤード和美訳© ダイヤモンド・オンライン

筆者 上流階級に与えられるような特権を政治家に与えるという政治システムについて、どのように思いますか?

ラインフェルト まず言っておきたいことは、そういう国の多くは民主主義のはずですので、このような質問にどのように答えるかは、国民によって選ばれた政治家次第ということになります。

 当然のことながら、もし私がある国の財務大臣で、支出を削減する必要があれば、どこから始めるかについては分かりきったことです!政治家が支出削減をすると言うなら、まずは自分から率先して手本となるべきでしょう。この国の国民は、官僚制と政治指導層にかかるコストを常に意識しています。バランスが必要なのです。政治家が有権者からの信頼を維持しようとするなら、有権者の気持ちを知る必要があります。