マイナンバーの口座ひも付けで財産没収?

人々がデマにコロッと騙された納得の理由

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ダイヤモンド・オンライン

 

 手続きをしないとマイナンバーと全ての口座が強制的にひも付けられる――。そんなデマがX(旧ツイッター)やTickTockで拡散した。背景には口座管理法と改正マイナンバー法との混同や、マイナンバーへの漠然とした不安感があるようだ。人はなぜデマに引っかかってしまうのか。(フリーライター 武藤弘樹) ● 「口座管理法」デマは なぜ大きく拡散したのか  4月1日に施行された「口座管理法」は、銀行で新しく口座を開設する際などに、銀行が利用者に対して「口座とマイナンバーをひも付けますか?」と確認することを義務づけたものである(口座管理法 第三条2、および5)。  メリットは一言でいって「利用者にとって便利」であり、ひも付けておくと相続や災害時の手続きが簡略化されるということだ。  この法律によって義務づけられたのは、あくまで「銀行が」「ひも付けするか質問すること」であって、ひも付けが義務付けられたわけではない。ひも付けするかどうかは利用者自身で選ぶことができる。しかしSNSでは口座管理法に関するデマが出回って、いたずらに不安や警戒心を煽っている。  口座管理法自体は大して複雑な法律ではないので、少し調べればその実態がよく理解できるのだが、誤解されやすい要素や背景も、まあ確かにあった。それらを解説するとともに、拡散されるデマの基本的な特徴や、デマの見極め方をさらっていきたい。

● いつでもどこでもわかりにくい条文 70年の時を経てわずかに一歩進む  まず、であるが、法律というのはいかにもややこしい佇まいである。たとえば口座管理法を例にとって言うと、より正確には「令和三年法律第三十九号 預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」という名称であり、「口座管理法」の名は、その内容を説明する条文の第十一条でやっと出てきて、おのれをそう定義している。  当然、つらつらと綴られる条文も例によって複雑怪奇であり、それを示すために第一条をここに転載してみようかと考えたが、ひとつの句点が出てくるまで243字という長大な一文だったので、種々の事情を鑑みて断念した(読者諸氏への嫌がらせとなる恐れや、「法律をコピペして字数を稼ぐのも悪くない」とささやく内なる悪魔との葛藤)。  余談だが、法律などの文書の読みにくさは世界共通らしく、その理由を分析したマサチューセッツ工科大学の研究が2022年のイグノーベル賞(ノーベル賞のパロディで、ユーモアがあり示唆に富む研究に贈られる賞)を受賞している。そこで指摘された”わかりにくさ”の主な理由は「非日常的な専門用語」や「文中に挿入される、言葉の定義を説明する文章」などの存在であった。  なお日本では公文書の書き方のフォーマットは「くぎり符号の使ひ方」(昭和21年 文部省)や「公用文改善の趣旨徹底について」(昭和27年 内閣官房長官)などがガイドライン的に参考にされているようである。はるか昔のものであり、どうしたものかというところだが、これについては約70年の時を経て進歩があった。  令和4年、「公用文作成の考え方(建議)」なるものが文化審議会から発表されたのである。

 

 話を本筋に戻すが、得てして法律の条文は常人には理解しがたくできている。だから法律を平易に、簡単な言葉で、簡潔に説明した文章は大いに重宝される。それに、一般人としてはその法律の概要がつかめれば十分で、理解しがたい詳細はむしろ御免である。  そうした心理がある中で、SNSという比較的フランクな場でフッと入ってくる「口座管理法とはこれこれこういうもの」という、少し頭を使って読まないと理解できなさそうな投稿は、読むだけで「知的な活動をした」「多くの人が興味を持たないであろう法律を率先して学んだ」という満足感・達成感をユーザーにもたらす。  そして人はいったん満足すると次なるアクションをあまり起こさない。つまりは今得た情報を精査することなく、誤解したまま完結するケースが多くなる。これがSNSにおけるデマ投稿が広まりやすい原因のひとつである。 ● ネーミングに満ち溢れる「管理」の気配 実は全く違う口座管理法と改正ナンバー法  こと「口座管理法」においては、そのネーミングも誤解される悪しき一助となったようである。ある人は、「ネーミングが『国が我々の口座をどう管理するか』という気配に満ち満ちている」と語った。  実際は「口座の新しい管理方法を提案します」という文脈での「管理」なのだが、確かに字面だけだと「口座」を「管理」ということで、全体主義的な印象を受けてしまう人もいるのかもしれない。  XやTikTokで拡散した口座管理法に関するデマは、そうした些細な不安を大いに煽るものであった。筆者が確認したところ、マイナーチェンジの亜種を含めると何パターンかあるようだが、デマはおおむね以下のような内容のものだった。  「マイナンバーと口座のひも付けは任意だが、『自治体からの書類に返送する』といった具体的な”拒否”のアクションをしないと、勝手に自動的にひも付けが行われる可能性がある。そうすると国に個人情報をがっつり監視&管理されるし、情報漏洩リスク甚だしい」

 

● 口座が国に管理されて 財産を没収される?  さらに踏み込んだものとしては、「口座が国に管理されたら、緊急事態条項発動で財産没収もあり得る」といった憶測もある。  この「拒否しないと勝手にひも付けされる」というデマは、5月下旬に施行される予定の「改正ナンバー法」との混同があったのではないか、という話も出ている。これは年金の受取口座をマイナンバーと紐づけるもので、政府からの事前通知に「不同意」の回答が1カ月程度なければ「同意」として扱う(ひも付けを行う)。なお一度「不同意」で登録されてもその後の変更はいつでも可能となっている。  「年金受取口座とマイナンバーのひも付けは利用者にメリットしかないから、無回答など『不同意』以外はどんどん登録しておきます」という政府の措置が裏目に出て不信感を呼んでいる格好で、ついには口座管理法と混同されてデマまで生まれた。  政府は「口座管理法と改正マイナンバー法は別物」「マイナンバーと口座をひも付けても、国が取引履歴や口座の中身を覗いたりするものではない」と説明をしているが、そもそも事前の説明不足やマイナンバーへの積もり積もった不信感があったから、デマがあそこまで派手に流布する隙があったのではないか――という識者の指摘もある。  社会心理学等を専門にしている増井啓太教授は2022年の記事の中で、拡散されやすいデマ投稿の特徴は「ネガティブで不安を煽る内容」のものであると紹介している。  【参考】 OTEMON VIEW フェイクニュース、デマツイート。止まらない拡散。その正体に迫る。(2022年5月26日) https://newsmedia.otemon.ac.jp/2353/

 また、「いいね」やリポストが多い投稿ほど正しい情報であると捉えられる傾向があるのではないか、とも話している。  そして、自分がデマを拡散する側にならないためにも、「拡散する前に一呼吸置くこと」や「自分の情報を受け取る側について想像力を働かせる」といったことが肝要であると提言している。 ● 流布しやすいデマの特徴 まさか自分が……  以前、この連載に書いたことがあるが、筆者が比較的クレバーだと目している我が父が、オレオレ詐欺に引っかかりかけた。というか、もうほぼ完全に引っかかっていて、面倒な電話を終わらせて一刻も早く口座に入金してほしい詐欺師と、筆者を自称する息子の元にとりあえず駆けつけたいから場所を教えろと騒ぐ父との押し問答のさなかに、母が電話を嘘だと見破って幕引きとなった。  父が引っかかったのはなぜかというと、「息子(筆者)が何か下手をこいて何百万円もの損失を出し、軟禁されている」というデマにコロッと踊らされたからである。すなわち「ネガティブで不安を煽る内容」である。  事後、父は「まさか自分が引っかかるとは」という感想を漏らした。おそらく、デマとはおおむねそうした感想を人に抱かせるはずである。根拠の薄い自信や楽天的な安心感は狡猾なデマの前では無力に等しい。だが上記に挙げたようなデマの特徴について意識的でいれば、デマを誤信するリスクを減らせるはずである。  特にマイナンバーなどの先進的なIT技術の仕組みは、素人から見ると理解不能でしかなく、不安の種が萌芽しやすいジャンルとなっている。今後もSNSやネット記事から情報を拾う機会は、現代人ならいやでも多くあるだろうから、まずはデマを見極める姿勢と眼力を養っていきたいところである。