米NYCB問題がドイツに飛び火

今から1年前の2023年3月、シリコンバレーバンクの破綻をきっかけに、アメリカの地方銀行が商業用不動産融資でかなりマズいことになっているのではないかという懸念が広がった。

この危機はFRBの迅速な対応で一旦は収まったが、今年に入って、アメリカの地銀数行の持ち株会社であるNYCB(ニューヨーク・コミュニティ・バンコープ)があやしくなってきたということで、再びアメリカの地方銀行の抱える商業用不動産融資問題が脚光を浴びることになった。

今はやや沈静化している感もあるが、問題が完全に解決したとは言えず、潜在的な懸念としていまだ燻っているとみるべきだろう。そしてこのNYCB問題がヨーロッパ、特にドイツに飛び火するということも起こっている。

中国だけじゃない…!ドイツ発の「欧州不動産危機」が今後2年間にわたって深化するという大問題をどう考えるべきか

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例えばブルームバーグは、「米商業用不動産懸念が欧州に飛び火、ドイツのPBBなど銀行債急落」との記事を掲載した。PBBはドイチェ・ファンドブリーフバンクという商業用不動産金融に特化した銀行の略称で、商業用不動産金融に対する懸念が高まる中で、真っ先にそのリスクが懸念されるのは、ある意味当然のことだ。

現在、商業用不動産、特にオフィスビルの価格が大きく落ち込んでいるのには、2つの要因があると言われる。1つはもちろん、コロナショック後に自宅勤務が増え、オフィス需要が低下したことだ。

とはいえ、欧州ではアメリカほど大きな空室率の上昇は起こっていない。例えばドイツのオフィスの空室率は、コロナの影響を受ける前の2020年第1四半期(1~3月)の3.6%から、2023年の第三四半期(7~9月)の6.1%まで、2.5%程度上がったくらいにとどまっている。

 

アメリカのオフィスビルの場合、直近では空室率が19.8%にまで上昇し、サンフランシスコでは36.6%に達したなどという報道もあるが、そうした話と比べれば、ドイツをはじめとする欧州のオフィス不動産の空室率の上昇は、決して大きな要因ではないだろう。

では、より大きなもう1つの要因は何かというと、それは金利の上昇だ。貸出金利が2%だった時には、5%の運用でも十分に利益が出せたが、貸出金利が5%になると、5%の運用では利益が出なくなってしまう。ローンの借換え時期が到来しない間は低金利の恩恵を受けられるが、借換え時期がやってくると途端に金利が跳ね上がることになる。

リーマンショック時を上回る価格下落

貸出金利が5%に跳ね上がった時に運用利回りが同じ5%では全く利益が出ない。

オフィスビル経営ができないということになれば、その物件を売らなければならなくなるが、5%の運用になる金額で売ろうとしても、誰も買ってくれるわけがない。そうすると8%くらいの金利で回るように、不動産収益との比較で値段を下げざるをえなくなる。こうして不動産価格に対して下落圧力がかかることになる。

ブルームバーグは「ドイツのオフィス不動産、低迷が深刻化-昨年の価格下落は過去最大級」との記事を上げ、ドイツのオフィス不動産価格が昨年10-12月に前年同期比で13%下落し、2003年の統計開始以降で最大となったことを報じている。つまりドイツにおいては、リーマンショック時を上回る価格下落がすでに起こっているのである。

 

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このとばっちりは当然、融資を行なってきた銀行にも及ぶことになる。値下げをせざるをえなくなったオフィルビルのオーナーは、ビルを売った代金だけでは銀行融資の全額を返すことはできない。ビルオーナーに他に資産らしい資産がなければ、返済できない部分があっても、銀行は泣き寝入りするしかなくなってしまう。

結果、貸し倒れ引当金を増やすことが必要になり、銀行の収益は圧迫されることになる。PBBも当初予定していなかった貸し倒れ引当金の積み増しを行うことを発表し、配当の支払いを停止すると決めた。PBBは、現在の混乱を「リーマンショック以来最大の不動産危機」だと表現している。

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この流れを受けて、PBBなどドイツの銀行の劣後債(AT1債)が急落した。劣後債というのは、日頃もらえる金利は高いけれども、会社が潰れた時には株式と同じような扱いになる債券のことだ。

PBBのAT1債は、2月に入ってから元本100に対して30台にまで低下した。PBB以外にもバーデン・ヴュルテンベルク州立銀行とかアーレアル・バンクなどのAT1債が75程度にまで下がっている。

モルガン・スタンレーはPBBのシニア債(劣後債ではない、元本もちゃんと返してもらえることに一応はなっている債券)についても、万が一のこともあるかもしれないから、売ったほうがいいと顧客に対して勧めたことも明らかになった。

ドイツの銀行が抱える商業用不動産リスク

ところで、この不動産危機はいつまで続くのだろうか。

ロイターは「独不動産危機、あと2年続く公算=コメルツ銀不動産部門幹部」との記事を掲載した。ドイツ大手のコメルツ銀行の不動産部門のトップが、ドイツは今不動産危機の中間地点にある、今後さらに損失が拡大し、不良化した不動産の投げ売りが増えることになる、これまで2年にわたって危機が進んできたが、もう2年は危機的状況が続くのではないかと語ったという内容だ。

 

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では、中間地点である現段階で、ヨーロッパの不動産価格はどうなっているのだろうか。

不動産市場調査会社グリーン・ストリートのヨーロッパの商業用不動産価格指数を見ると、頂点を付けた2022年4月の129.7から、公表されている直近の2023年12月では98.3となり、1年8ヵ月で24%ほど下落している。リーマンショック時の下落は19%ほどだったから、今回はヨーロッパ全体で見てもリーマンショック時よりも激しい落ち込みがすでに発生していることになる。

そして現時点が途中経過であって、ここからさらなる下落トレンドがあと2年ほど続くのではないか、投げ売りが本格化するのはこれからではないかと、コメルツ銀行は語っているのだ。

 

この点に関連して、ブルームバーグが上げた「ドイツの銀行、商業用不動産リスクがスローモーションで悪化中の恐れ」という興味深い記事にも注目したい。これはドイツの会計が英米とは違って、現実の不動産価格の下落が銀行の資産の悪化には反映されにくい仕組みになっていることを取り上げたものだ。

不動産の価値を取得した時の値段で評価するのが原価法で、取得時の価格よりも値段が下がったのであれば、下がった値段で評価し直すというのが低価法だ。低価法で評価すると、不動産価格の下落が資産評価に直結することになるが、原価法でやっていれば、不動産価格が下落しても資産評価は変わらないので、危機が表面化しにくいことになる。

ドイツ的な原価法のほうが、金融機関の経営を安定化させるという点ではいいという見方もできないことはない。ところがドイツ的なやり方だと、価格変動リスクが大きな融資を過剰にやりすぎるきらいも出てきてしまうのだ。

欧州中央銀行(ECB)は、ヨーロッパの商業用不動産リスクを調査する際に、ドイツの銀行を重点的に行うと発言しているのだが、これはこういうドイツの銀行が抱えるリスクを理解していることによる。

不動産投資ファンドは大丈夫なのか

こうした商業用不動産の抱えるリスクは、銀行以外から起こる可能性も見ておかなくてはならない。

ECBは昨年4月に「ユーロ圏の不動産市場における投資ファンドの高まる役割」とのレポートを発表し、不動産投資ファンド(REIF)が持つ大きなリスクについて指摘している。REIFの多くが投資家の払い戻し請求を認める「オープンエンド型ファンド」として資金調達しているので、不動産市況への懸念が高まれば、非常にスピーディーに、大きな資金の引き出しに直面するのではないかと、ECBは懸念しているのだ。

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投資家から集めたお金を不動産に投資して収益を上げる構造になっているREIFは、大きな資金の引き出し要求に直面すれば、保有不動産を投げ売りしてその資金を作るしかなくなる。投げ売りをすれば不動産価格は大暴落を引き起こし、そのことが金融の安定性に重大な影響を及ぼすことになる。

ECBによれば、ユーロ圏の商業用不動産市場でのREIFが占める割合は2022年に40%にまで膨れ上がり、しかもこのうち80%がオープンエンド型、つまりいつでも解約できるタイプになっている。

今後は不動産投資ファンドは途中解約のできるオープンエンド型ではなく、クローズド型しか認めない方向のほうがいいのではないかという議論も出ているが、これは将来の検討課題にしかならず、現在の危機に対応することには当然ならない。

もっともリーマンショックの頃と比べると、劣後債の仕組みが抜本的に強化されるなどして、現代の金融システムは簡単には崩れる状態にはなってはいない。それゆえに、すでにリーマンショック時を超える商業用不動産の下落が起こりながらも、金融システムは安定しているように見える。

しかしながら、今後2年間にわたって危機がさらに深化するというコメルツ銀行の見通しからすれば、楽観は許されない。相撲で例えれば「徳俵に足がかかっている」ような状態なのであり、このまましのぎ切る可能性もなくはないが、足が割れる可能性もかなり大きいと考えるのが、冷静な見方ではないだろうか。