「青切符」導入の決定
政府は3月5日、自転車による交通違反への反則金制度(青切符)の導入を柱とする道路交通法改正案を閣議決定した。改正案は今通常国会に提出され、成立すれば2026年の施行を目指す。
改正案では、16歳以上の運転者が警察官の指導警告に従わずに違反を続けたり、悪質、危険な違反をしたりした場合に反則金を科す。また、スマートフォンなどを使用した「ながら運転」、酒気帯び運転の禁止も導入される。これらは自動車と同様の扱いとなり、
ながら運転は6か月以下の懲役または10万円以下の罰金、酒気帯び運転は3年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。
今回の改正のきっかけは、自転車事故の深刻化である。警視庁の統計によると、2023年の東京都内の交通事故件数は3万1385件。2023年の交通事故死者136人のうち、23.5%に当たる32人が自転車事故によるものだった。
また、自転車事故の関与率(過失が重い割合)は、2018年の36.1%から2023年には46.3%に増加している。
日本の「ママチャリ文化」
日本の自転車比率(画像:自転車産業振興協会)© Merkmal 提供
自転車事故の増加を受け、警視庁および各道府県警察では啓発活動を通じて自転車のマナー向上に取り組んでおり、2022年3月には自転車関連の違反や事故が多い地域を
「自転車指導啓発重点地区・路線」
として公表し、啓発活動を強化している。
また、2022年10月には道路交通法が改正され、信号無視、逆走、酒気帯びなどの道路交通法違反者に対する「赤切符」制度が実施された。それまで自動車やオートバイに適用されていた「赤切符」制度が自転車にも適用されたのである。
ただし、自動車とオートバイは一度の交付で裁判所に出向き罰金を納める制度だが、自転車の初回は警告のみ。3年以内に2回以上赤切符を切られた場合のみ3時間の違反講習(6000円)を受ける。そのため、状況は改善せず、新たな対策として青切符の導入が決まったのだ。
自転車の交通マナーが問題になっても改善されない背景には、日本独特の自転車文化がある。道路交通法上、自転車は「軽車両」とされ、歩道と車道が分離されている場合、自転車は原則として車道を左側通行しなければならない。
歩道を自転車が通行できるのは、「歩道通行可」の標識がある場合か、
運転者が13歳未満の子ども、
70歳以上の高齢者、体の不自由な人である場合、
交通事情によりやむを得ない場合に限られる。
しかし実際には、歩道を走る自転車が非常に多かった。そこで警察庁は2011年、自転車の歩道通行は例外であり、車道を左側通行する方針を改めて打ち出した。しかし、この方針はなかなか受け入れられず、混乱が広がった。そこで、この方針を受け、各都道府県警は、道路状況を考慮し、無理に車道を走らせるのではなく、車道寄りの歩道をゆっくり走るように指導している。
本来車道を走るべき自転車が、歩行者と並走する危険性(法律違反の可能性)があるにもかかわらず、歩道を走るのが当たり前になっているのには理由がある。それは、歩道走行に適した安価なシティサイクル、いわゆる
「ママチャリ」
の普及がある。欧米では高価なスポーツタイプの自転車が一般的だが、日本ではママチャリが主流だ。日本自転車産業振興会の調査によると、2021年時点での日本の自転車普及率は以下のようになる。
・シティ車(ママチャリ):61.8%
・電動アシスト車:10.0%(うち電動アシストのシティ車8.0%)
・スポーツ車:9.0%
ママチャリは、日本で独自に改良・開発された実用車の一種である。その特徴は
・背筋を伸ばした姿勢で乗車できる設計
・ボディフレームをまたげる乗りやすい構造
・停止した時に素早く足をつけられるペダル位置
・買い物かご、チャイルドシートなど多様で実用的な付属品
などがあげられる。
特に、背筋を伸ばして乗り、素早く地面に足をつけることができるように設計されているため、
低速での頻繁な発進・停止に適している。
背中を曲げて高速走行することを前提に設計され、
トップチューブが三角形でまたぎにくいスポーツ車とはまったく異なるタイプの自転車である。
ママチャリは、日本の狭い道路や混雑した歩道を歩行者と自転車が一緒に移動しなければならないという現実を受け、進化してきた。
ママチャリ歩道走行への批判
ママチャリ(画像:写真AC)© Merkmal 提供
日本の道路事情に最適化されたママチャリは、日常生活の利便性を高めた。
その一方で本来、路側帯を通行するものであった自転車は、歩道を走行するのが当たり前という常識も生まれた。
日本の道路事情に最適化されたママチャリは、日常生活の利便性を高めた。
同時に、本来車道側を走るものであった自転車が、歩道を走れるようになった。
これまで自転車専用レーンが整備されず、自転車がどこを走るべきかが曖昧なままだったのは、
ママチャリが歩道を走ることに最適化されてきたため、問題意識が生まれなかったこともあるだろう。
今回の法改正に対するSNSの反応を見ても、ママチャリの歩道走行に対する批判的な意見が多い。
その一部を紹介する。
・ママチャリの爆走を何とかしてほしい。
・子どもを乗せてママチャリに乗るなんて非常識だ
・ママチャリをじゃんじゃん取り締まってほしい
では、法改正を機に、ママチャリの取り締まりに力を入れ、歩道ではなく路側帯や自転車専用レーンを走るように促すべきなのだろうか。
これは逆に事故のリスクを高めることになる。
多くの道路には整備された自転車専用レーンがない。あったとしても、
路側帯の一部にマークや色分けがされているだけであることが多い。
子どもを乗せたママチャリに、自動車が走っている自転車専用レーンを走ることを要求することは、
自転車の運転者だけでなく、自動車の運転者にとっても事故のリスクを高めることになる。
つまり、青切符に求められているのは、積極的な取り締まりよりも、
法改正にともなう啓発活動の強化なのである。
安全運転への情報提供効果」
自転車専用レーン(画像:写真AC)© Merkmal 提供
たいていの人は自転車に乗る機会はあっても、交通ルールを学ぶ機会はない。マナーの啓発や、学校での乗り方教室、安全教室などは行われているが、自動車のような免許制度や定期的な講習はない。
危険性やルール違反について考える機会がないため、運転者に学ぶ機会を与えることはプラスに働く。宇都宮大学の大森宣暁教授らが子どもを乗せた自転車を対象に行った研究では、
・情報提供によって、利用者の安全運転意識が向上する
・対面での講義と自転車試乗を行うことで、さらに効果が高まる
・利用者以外も情報提供で意識が高まる
と、運転者が「知る」ことによる効果を報告している(大森宣暁・岡安理夏・長田哲平・青野貞康「子ども乗せ自転車利用環境改善のための情報提供および安全教育の効果に関する研究 – 態度・行動変容理論に基づく評価 -」『都市計画論文集』Vol.53,No.3)。
さらに、大森教授は別の論文で次のように書いている。
「自転車利用者がルールを守るとともに、歩行者、自動車運転者を含めて、全ての道路利用者がお互いの立場を理解し、思いやりと譲り合いの心を持つことが、交通安全を確保する上で非常に重要であると考える」(大森宣暁「わが国の自転車文化に関する一考察」『国際交通安全学会誌』Vol.46,No.2)
当たり前のことだが、一番肝心なところである。
常識浸透の切り札
結局、重要なポイントは、限られた道路を利用する全ての人が、自ら加害者にならないようにするにはどうすればいいのかということだ。
青切符を導入して罰金を取られるから――ではなく、交通安全のためにルールを守る、そんな常識をいかに浸透させるかが今後の課題だ。
例えば、最近、自転車事故の損害保険を条例で努力義務とする自治体が増えている。これが保険加入率アップの引き金になっている。
自転車産業振興協会の調査によると、調査対象世帯の保険加入率は2018年の38.1%から2021年には
「49.1%」
に上昇した。同様に、改正法が周知されることで、自分の身を守るために危険運転やながら運転を避けることへの意識が高まることが期待される。