意思の光を包む体は、なによりも美しいのです。

 

それはまるで、この銀河の星々が、ばらばらに飛び散っていかないように、引き寄せ続けている、それのことでもあり、私たちの体が、この瞬間瞬間に、散々にならないように、支え続けている力、そのものでもあるのです。

 

それは、私たちを、私たちの姿にしておこうとする、意思の力、であると、言いたいのです。その意思を、大切に包み込んでいるのが、私であり、あなたの体、なのです。

そんな風になりたい、そう思い続けていた、心の焦点に、何度も何度も、光を当てたのは、誰でもない、自分自身です。そのことに、邪魔をできるものなど、この世界には、誰一人いないのです。

 

思いを、現実にするのも、自分ですが、また、邪魔をするのも、自分なのです。そのことに、気付けば、あとは、なにも難しいことはありません。

すべての生命には、この世界での終わりが、必ず訪れます。体の内に宿した、意思の光は、やがて、生命の終わりとともに、そこから去っていきます。

 

これまで、幾度も、生命の意思の光を、見送りました。私は、私の役割を果たしながら、こう思います。

 

意思の光は、必ず、答えてくれます。私たちは、皆、光を包む存在です。その意味で、体は、この世の乗り物、にすぎない、という言い方は、正しいのでしょう。取替えのきかない乗り物だから、なによりも、大切なのです。

私は、今、はっきりと、言いきることができます。

あなたは、あなたを、あなたの姿のままにしておく、意思の光に、満ち満ちています。あなた自身が、あなたが今いる世界の、創造の源であり、その世界のあるじ、なのです。

痩せてしまって、骨が見えそうだから、と、あなたは言いますが、私には、一つ一つの細胞が、輝いている美しい、意思の光を包む姿、そのものにしか、見えていませんよ。

 

意思の光が、ここを去る、その日まで、あなたとともに歩きます。

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