大阪・堺筋本町 名前のことだま®︎鑑定・講座 名前からひもとく使命と幸せを見つけましょう

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名前のことだま®️ 講座、鑑定を通じて
言霊の叡智、日本文化のすばらしさに触れ
心豊かに生きたいと願っています。
言葉についての考察などを綴っています。
ひとりひとりが自分の未来を創造してゆく時代です。
多くの方と体験をシェアしたいです。


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新元号が発表されました。

「令和」

「大化」に始まって248番目の元号です。

 

万葉集大好きな私にとってもこんなにうれしいことはありません。

さっそく調べてみました。

 

記念すべき日なので出典の部分を記させていただきます。 

 

梅花の歌三十二首併せて序(巻五)

天平二年正月十三日に、帥の老(そちのおきな)の宅にあつまりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春の令月にして、氣淑く風(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮(はい・帯の飾り玉)後の香を薫す。(中略)


ここに天を蓋(きぬがさ)とし、地を座(しきい)とし膝を促(ちかづ)け、觴(さかづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然と自ら放(ほしいまま)にし、快然と自ら足る。若し翰苑(文筆のこと)にあらずは、何を以ちてか情(こころ)を攄(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしえ)と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

 

 

梅花の歌序

天平二年正月十三日に、長官の大伴旅人宅に集まって宴会開いた。時あたかも新春のよき月、空気は美く風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉の如く白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。(中略)


ここに天をきぬがさとし、地を座として、人々は膝を近づけて酒杯をくみかわしている。すでに一座はことばをかけ合う必要もなく睦み、大自然に向かって胸襟を開きあっている。淡々とそれぞれが心のおもむくままに振る舞い、快くおのおのがみち足りている。この心中を、筆にするのでなければ、どうしていい現わしえよう。中国でも多く落梅の詩篇がある。古今異なるはずとてなく、よろしく庭の梅をよんで、いささかの歌を作ろうではないか。

(万葉集(一) 中西 進 講談社)

 

 

当時梅は外来の植物で珍重されていました。気の合う友人たちと酒を酌み交わし、梅を鑑賞し歌を詠み合う。

皆心を許し合っているので言葉もいらず、心の赴くままそれぞれが過ごす様子。

自然とも溶け合った時と場に一緒にいられる仲間がいるということがうれしく、楽しい。

「和」がますます大切になってくることでしょう。




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の 春の野に すみれ摘みにと 来(こ)し

   我し 野をなつかしみ 一夜寝にける

      (巻八・一四二四 山部赤人)

 

「春の野にすみれを摘みに来た私は 野に魅せられて思わず一夜を明かしてしまった」

 

よほど心地良かったんだろうな、と万葉びとのおおらかさに、こちらものどかな野の情景を思い浮かべます。

 

「野原」の情景とは、広々とした草原に雄大に聳える木々が其処此処に木陰を作っている。

可愛い花がいっぱい咲き、小鳥たちが飛び交いさえずり、鹿やウサギなどの小動物の親子と、人間も共に戯れ緩やかな時が流れている、とまるで幼い頃に見た絵本の世界や桃源郷のイメージが広がります。

 

「の」には、のびのび、のんびりなど時空間の無限の広がりと同時に、その中で育まれる大きなゆりかごのような優しい大自然の力を感じさせてくれます。

 

しかし、この野という場がそのままずっとずっと広がってゆくとしたら、いったいどこまで続いて、どこにつながってゆくのでしょうか。

 

京都には、鳥辺野、化野(あだしの)、紫野など野のつく地名がありますが、いずれも市街を離れた地域にあります。今でも「野辺の送り」といわれますが、昔都があった頃には野の果ては、葬送の地とされていました。そのため、そこはあの世につながるとも、魔物が住むとも考えられていた闇の世界です。

 

のどかな野からあの世の入り口付近まで、この地続きで体感しながら生きていたことになります。

何事においてもこの境界線を知ること、曖昧でもそこを感じ取ろうとすることはとても大切に思えます。もしかしたら、もう少し、もう少しと境界線が伸びることでさらに視野も開け、知らなかったものが見えてくるかもしれません。

 

逆に境界線を知るということが、境界を際立たせてしまい、その中に捉われて、それぞれが区別や対立のままを生きるということになってしまっては、何もなりません。

境界線の内と外それぞれの特性を知って理解しあえば、それぞれ両方を生かし合うことができるはずです。

 

 

 


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   春の園  紅にほふ  桃の花

 
   下照る道に  
 
   出(いで)立つ娘子(おとめ)
 
        巻十九   4139  大伴家持
 
   春の園の  
   紅色に美しく咲いている
   桃の花の
   樹の下まで照り輝く道に
   出て佇む乙女よ
 
万葉集にも桃の花が詠まれる歌は
二首のみとのこと
 
若やいで 萌感溢れ
この季節ならでは
 
梅から桜へ
そのはざまに匂いたつ
桃の花ももうすぐかな。。
 
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今年も3月と聞くと
気分はもう春ですね。
 
弥生はいやおいが変化したもので
弥(いや)「いよいよ」「ますます」の意味と
生(おい)は生い茂るの、草木が芽吹くことを意味する。
となっています。
 
弥生と弥生文化にどんな関連があるのか新たな謎ですが、ここで弥生時代について確認しておきます。
 
日本列島で稲作を主とする食料生産に基礎を置く生活が始まった最初の文化。鉄器、青銅器が出現して石器が消滅し、紡績が始まり、階級の成立、国家の誕生に向かって社会が胎動し始めた。弥生文化の時代、すなわち弥生時代は縄文時代に後続して古墳時代に先行し、およそ前4世紀中ごろから後3世紀後半まで(600~700年間)を占める。弥生文化は、基本的に食料採集(食用植物・貝の採取、狩猟、漁労)を基盤としていた縄文文化と根本的に異なる。一方、後続する古墳文化以降の日本文化とは、稲作農耕に基づく点では共通する。
 
国の成立に向かって、勢いが増してゆくその状態を表しているところが共通していますね。


 
 
 
 
 

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紫苑という花があります。

よく目にする草花のハルジオンやヒメジョオンの仲間だと思っていましたが、こちらは草丈が180cmにもなります。

色の日本名に紫苑色というのがあったり、根や茎根に利尿作用があり生薬や漢方薬の原材料として扱われたりと古くから珍重されてきました。

菊花紋もこの花がもとになっているのでしょうか。

 

しかし、絶滅危惧Ⅱ類に指定されているのです。気になるので調べてみました。

 

キク科の多年草で約180種類ほどの品種が確認されていて、原産地は日本を含めたユーラシア大陸全般に及び、

学名は Asuter tataricus(アスター タタリクス) ギリシャ語のAsuter(星)が語源とのこと。

ポピュラーな花だと思っていましたが、日本ではこの紫苑属はほとんどなくなっていて九州隈本か淡路島に少しあるくらいだそうです。

 

別名 

鬼の醜草(オニノシコグサ)・・・今昔物語に亡き父の墓に、思いを忘れるという意味の萱草(カンゾウ=ワスレグサ)を植えた兄と、決して忘れさせない・紫苑を植えた弟の話があり、墓の守りをしていた鬼が弟をたたえ、予知能力を授けたという話があります。

十五夜草(ジュウゴヤソウ)・・・十五夜の頃に咲くことから

思い草(オモイグサ)・・・ナンバンギセル(ハマウツボ科)の古語が有力ですが、オミナエシ、ツユクサ、ナデシコなどと共にオモイグサの異名を持つとされています。

 

長年私たちと共にあり、紫苑という名前も奥ゆかしいです。守ってゆく手立てはないものでしょうか。

 


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2月になりました。
 3日 節分
 4日 立春(二十四節気)
 5日 東風解凍(とうふうこおりをとく・七十二候) 今年の旧正月
 
如月(きさらぎ)の語源・由来は
寒さで着物を更に重ねるという意味の「着更着」が有力ですが

気候が陽気になるので「気更来」
草木が生え始める月で「生更木」
なども示されています。
如月といえば思い浮かぶ
有名な歌
 
西行法師の
 
願わくは 桜の下にて 春死なむ
その如月の 望月のころ
 
「願うことなら、旧暦2月15日の満月の頃、満開の桜の下で死のう」
 
如月の厳しい寒さの真っただ中で桜というのは疑問に感じますが
現在の3月中旬以降の満月の日にあたり、桜が満開を迎える時期となるようです。
実際に西行は文治6(1190)年2月16日、73歳で亡くなったそうです。
京都市西京区の
勝持寺(花の寺)は西行ゆかりのお寺で
西行桜も有名です。
 
桜も楽しみですが、それまでの間
椿も、梅も可憐ですね。

春を待ちわびながら、この寒さを乗り切ろうと思う気分になります。
 
 


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よ 淑き人の 良しとよく見て 良しといいし   

   吉野良く見よ 良き人よく見

(巻一・二七 天武天皇)


 「昔のよい人が よいところだとよく見て よいと言った この吉野をよく見なさい

今のよい人よ、よく見なさい」

 

天武天皇が吉野への行幸の折に、皇后や皇子たちに向けて歌われたそうです。


繰り返される口調にこれからを託す気持ちが強く込められているのがわかります。

 

「よき」「よし」「よく」と八回も出てくるのが特徴的です。


万葉仮名の原文は

人乃 見而 常言師 見与 来三」

となっており、同じ音でもこうして使い分けられています。

 

「よい」ことはいいことで、ずっと続いてほしいものであり、おめでたいことでもありますね。

 

訓読みで「よ」のつく音をあげて、見ていきましょう。

 

・代  

代わる・代理ですることを意味する。

代を重ねることを「代々」、またそれぞれの代を「歴代」という。


・世  

 世代 世襲 人の一代 などを表す。   (「代」と共通しています)

 

日本では「君が代」にも歌われるように長く長く続いてゆくこと、永続性、永遠性が尊いこととなります。

天皇家は125代と最も古い家系であり、それをずっと継続されてきたことからもわかります。


また、古くからのお店は代々扱う商品や信用を長年大切に受け継ぎ、守ってきたことの証として老舗(しにせ)と呼ばれます。

そういうところからも「あそこの品物だから間違いない」というような店の価値(ブランド)がさらに高まる。


私たちには、良いものは引き継いでゆくもの、後の世にも残してゆくもの、というようなバトンの受け渡しの感覚が備わっています。


先祖供養を重んじるのも、こうして今に受け継がれたものを振り返り、感謝する想いを忘れないためだということがわかります。

 

・四   

4の数字はひ、ふ、み、よ と数えるので「良い」につながる数字です。

建物も、家具なども四角いことで安定感があります。


東西南北、春夏秋冬、喜怒哀楽、花鳥風月、起承転結 など

四文字熟語でも、四つで一組を表していたり、収まりの良いことを表現するものも多いですね。


自分や周りにも世の中にも、揺るがない安定感で保たれることに憧れ

穏やかで、平和であることの幸せが続くことを祈らずにはいられない。

いつの時代にも変わらない願いですね。

 

万葉集最後の歌

そんな「よい」ことを願って詠まれています。

 

新(あらた)しき 

年の初(はじめ)の初春の 

今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)

(巻二〇・四五一六 大伴家持)

「新しい年の初めの、新春の今日を 降りしきる雪のように、いっそう重なれ、吉き事よ」




 


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年も改まり
生活を見直したり
考え方の角度を変えてみたり
少し変化が必要なのでは
と考えている自分がいます

自分自身や身の回りのことに
意識を向けて、見直さないと

ただただ、漫然と過ぎてしまう

思いつくだけでも
かなり出てきます

四年前に今のマンションに引っ越し
家族の構成が変わり
生活もだいぶ変化しました

その頃から、以前に比べて
私自身のペースがゆったりになり
あまり緊張感も持つことなく
無理をしないような生活で
送ってきたため

怠惰な習慣がついていることに
気づき愕然となります

モノが異常に増えていたり
食生活がいい加減だったり
運動機能低下の悪循環だったり

これらを軌道修正してゆくのは
かなり覚悟が必要です

習慣を変えていくのは
ほんとうに大変なことですね

年齢のせいにしたくはないですが
いつの間にこんな安易さが
忍び込んでしまったのか

人間にとってやはり常に
意識というものが重要です

でも、気づいたからには

できることから
できる方法でやっていこう

諦めないで

無意識に
何も気づくことなしに

過ぎてゆくとしたら
こんなに怖いことはありません


人間というのは厄介なものだな?
何を言っているんだ、今更。。
可能性があるから人間でしょ?







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明けましておめでとうございます。
一年の計を立て

充実した年にしていかなくては。

良いスタートを切りたいですね。


 
睦月

陰暦1月を指し、親族一同集まって

宴をする、睦まじくする

「睦び月(むつびづき)」

「むつましづき」とする説が有力です。

そのほか

・1年の初めの月の意味の

  「元つ月(もとつつき)」

・稲の実を初めて水に浸す月の

    意味の「実月(むつき)」

・「萌月(もゆつき)」

    「生月(うむつき)」が

     変化したという説も

 
歳神様をお迎えするために

大掃除をし、おせち料理を準備。


家族や親戚が集まり新年を祝う

お客様と一緒に、和やかに

歳神様のご到来です。

 

 
枕草子には「冬はつとめて」と

早朝の良さがあげられていますが
私も冬の朝特有の「香り」が

大好きです。
 
高校生の時、お正月明けに六甲山で

1泊を過ごしたことがありました。
テントで眠れるはずもなく地面に

体温が吸い取られていくような
今から思えばムチャな体験でしたが
早朝、まだ明けきらない

山の空気を求めて

飛び出していきました。
厳しいけどからだの内面を

刺激するようなピーンとした冷気に

取り込まれ、すきっとしたあの時の

感覚は今でも忘れられません。

 
そしてあの朝の山に漂う香り
 
「これこれこの感じ、この匂い。」
何がどうという説明もないまま

ただただ通じ合うものがあって
「うん、うん」と

大きくうなずいてくれた親友。
 
お正月は空気も一新されていて

きれいですね。
心地よい感覚もよみがえって
早朝、窓を開けるだけでも

楽しみが増えます。







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名前のことだま®︎HP

リニューアルしました。

全国のことだま師がひとつに繋がり

それぞれの活動を発信する場です。

ぜひ、覗いてみてください。



私が名前のことだま®︎に出会い

今でもこうして
人にお伝えしたいという思いを
持ち続けているのはなぜなのか
 
自分の心の整理としても
書いておきたいと思います。
 
もう15年ぐらいになるので
振り返れば
いろいろ自分自身の変化というか
成長しながら来たことは確かです。
 
そんな自分の中で
在り方を変えて
生き続けてきたこと
 
それは、ひとことでいうと
 
ことだま
 
というものが好きなんだ
ということです。
 
ことだま  ことたま  言霊。。
 
定義は
 古代日本で言葉に宿っていると
 信じられていた不思議な力
 発した言葉通りに結果を表す力が
 あるとされた(大辞泉より)
 
として
命名言霊学でも
定められていますが
 
それをベースに
名前のことだま®︎があり
 
私なりのことだま観
みたいなものも
積み重なって今があります。
 
 
さて
 
私が名前のことだま®︎の
開発者、創始者山下弘司先生から
伝えられた私の名前の意味の
第一印象はどんなだったか。。
 
それは
ひとことで言うと
 
とっても
 
うれしかった
 
と感じたことでした。 
 
 
若い頃から、だいたいいつも
 
「落ち着いている」
 
と言われてきました。
 
まあ、なんとなく浮かぶイメージがあり
悪い意味でもないでしょう。
 
私自身も
ずっとそういう人なんだと
思っていました。
 
 
ところが
 
「さ」のことだまは幸(さち)
 
風のように動いて
幸せを運ぶことが使命です。
 
 
と言われたのです。
 
 えっ!? 
 自由にあちこち動いていいんや
 
 いや、動かなアカンのや。。
 
心の扉がぱぁ〜っと外側に開き
 
風かさぁ〜っと流れ込んできた感じ。。
 
別に動いてはいけない
などと言われた訳でもないのに
 
おとなしめが生まれつきの
自分の性質なのだと
どこかで決めつけていた自分
 
そんな枠のようなものが解放され
 
むしろ
心の奥底で望んでいたものが
表に浮かび上がってきた瞬間だと
言えます。
 
占いでも性格判断でもないので
 
その意味に自分自身が
どんな反応するのかは
それぞれなのですが
 
肯定であっても
意外性を告げられたとしても
 
その意味を持つ自分について
考えてみることは
とても大切な気がします。
 
過小評価や
勝手な決めつけで
 
自分に制限を加えている
場合ではないのです。
 
 
私の体験は
 
そのまま、人にも知らせたい
とすごく思ったことでした。
 
そして
ことだま師になり
 
今も
 
おもしろい
気づきになった
鳥肌立った
 
など
感想をいただきます。
 
これを知った人生と
知らないままの人生では
絶対違っただろうな
 
大げさですが
私にはそう思えます。
 
なので伝える動機はいつも
私にあります。
 
 
そんな私のことだま考を
また、書き留めていきます。
 
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