年末年始に自宅へ戻られたGさんが

ホームへ帰宅拒否

そのまま自宅にいるといっていて

このままでいくと1月いっぱいで退所とのこと。

 

奥様のご意向はもちろん、Gさんにホームへ帰ってほしい。

腰もお悪いとのこと。

おむつかえも難しいだろうと昨日、職員同士では話していた。

 

しかしGさんは、

年末、彼がおうちに帰る日に

「年末年始お帰りになるんですね、よかったですね」といった私に

「うん」

「もうここには二度と帰ってこんよ」

笑いながら、そう言っていた。

 

半分冗談、でも、半分本気、な感じがその時してたけど。

 

ほんとは2日にホームに帰る予定が三日になり、

三日になってから昨日には今度はとうとう

「帰らないといっている」となっていたため。

 

やっぱりな、と思った。

そりゃそうだ。

大事に思ってくれる家族のいる方は、自宅がいいに決まってる。

 

うちの施設から自宅に年末年始帰れたのはたった二人で

そのうちの一人がGさんなんだけど。

二人ともが奥様がご健在で

年末年始くらいは自宅に帰らせてあげたいという夫を愛する思いやる気持ちから

自宅お泊りがかなえられたのだけど

 

夫を帰らせたばかりに今度はこんなことになり

奥様が困っておられる。

 

だからなかなか皆さん自宅に帰らされないのだな・・。

こうなってしまうから。

里心が。

というのはこういうことなんだなと。

 

ちなみにもう一人の自宅に帰られたMさんは、予定日よりも早く戻られた。

それはなぜか。

入所して、二か月しかたってないMさんだったが

年末年始に帰宅したら

自分の部屋が、

子供さんの部屋になっていたのだそう。

それで怒ってホームに帰ってこられた。

 

Mさんのお部屋が、まだMさんのお部屋のままだったら

Mさんだってまだおうちにいたかもしれない

 

だってただでさえ。年末年始じゃない普通の日にだって。

皆さん

帰りたがってる。

上げ膳据え膳。何も不自由はないはずなのに。

「不自由のない、不自由さ」が、あるんだ。

 

どこに?

おうちに。

いまの家?

わからない。

子供のときに育った家だたり。

結婚したての家だったり。

その人の心のなかの、その人の心の家に。みんな帰りたい。

ご自分の状況などは、あまりわかってない。

自分の思い浮かぶ自分の家。自分の居場所。それは

執念にも似た、信念にも似た、願いのような、祈りのようなものではなかろうか。

 

多分、近々入院する母も。

ナースステーションで去年の入院同様いうだろう。

「帰ります」

「姉が迎えにくるので帰ります」

「長男が迎えにくるので帰ります」

「目が痛いので眼科の病院にいかなければならないので帰ります」

「姉が病気になったので病院に付き添わなければならないので帰ります」

 

そしてそのたびに

「娘さんの許可がいる」などと対処されたりするので

 

「あんたが私をここに閉じ込めた!」

「おまえを一生恨んでやる!」

「通帳持ってすぐにきなさい」

「おにいちゃんがきたときに一緒に連れだしてもらうから」

「お前の顔など、もう二度とみたくない」

「逢いたくもない」etcetc・・・・

 

先生の許可がないと、という風にいってくださいよと病院に訴えたが

やはり怒りはすべて私に向いた昨年の3か月半。

 

それでも。その鬼電は地獄ではあったが

あとは。自由な時間ができた、久しぶりにのびのびできた3か月であった。

あれから一年。

来る母の入院を、心待ちにしている自分がいる。

 

正直。

母が怖いのだ。

 

毎日。

毎日。

朝から。

晩まで。

気が休まらない。

本当に時々彼女が、機嫌がよいとき、よい時間のあいだだけ

少しラクになれるけど

何かスイッチが入れば。

すこし注意をすればすぐにまた不穏になり

 

なにを注意、教えたとしても。

「私のいうことだけは本当に聞かない。」

 

のだ。

 

これがまた、本当に泣けてくるのだ。

 

毎朝毎朝。

用意して。

行く直前までわたしをののしるか、無視をする。

デイのお迎えが来てピンポンがなれば。

声のトーンは1オクターブほどあがり

「はぁ~い」と。

 

⇒お前誰だよ、誰なんだよ、今までここにいたのは誰なんだよ(心の声)

 

窓ガラスから私に笑顔で手を振る別人になった母。

車を見送る自分には、もう笑う気力もない。

ただ、車のいく方角にお辞儀をするだけだ

 

今日は、兄が、久しぶりに兄嫁を連れて夕方、母に会いにくるという。

しかしながら、明日の弟の33回忌には出席しないのだそう。

じゃあなにしにくるんだと叔母1は言うが

兄を目の前にしてはその言葉は絶対に誰もいわんだろう。

前回きたときに

叔母や私に

楽しませようと母と叔母1が連れてったお店のなかで

「僕がいないときに決めた!」「だまし討ちされた!」と意味不明に怒鳴り

もう次からはつれていくもんかと叔母も言ってはいたけれど

 

なにぶんにも叔母1は

「目の前の人」が大切なため、

兄夫婦を目の前にすれば

そんなことなど忘れ、チヤホヤしてみんなで笑うことだろう。

もちろん母はどんなことがあっても兄嫁はともかく兄にはいい顔しかみせんだろう。

私に見せる顔など、かけらも見せずに

きっとみんなで笑いあうんだろう。

 

私は

すねているのかどうかわからないが。

 

明日の弟の33回忌のために夫が鳥栖からきてくれて

私の仕事の合間に家の板戸などを直したりしてくれる予定なので

仕事が終わったら

兄夫婦がいるであろう母宅には戻らず

夫と外食をして楽しむつもりだ。

 

兄と兄嫁がくるというので兄夫婦を大事にする母と叔母の二人の姿を

私は見たくない。

私の夫がくるということよりも

今日たった1.2時間ほど母の顔をみにくるという、明日の朝の弟の33回忌にも参加しないという兄夫婦を重要視されることが

私は私の夫に申し訳なさすぎて

いたたまれないのだ。

私が喜んでいる。

私が彼をもてなす。

私の今日の優先順位は母より叔母より夫だ。

 

そしてきっと。

兄夫婦が帰ればいつものように叔母は私にいうんだろう。

「(兄夫婦は)なにしにきたんだ」

「もうこんでよか」と。

毎度のことだ。

来る前と来たあとは必ずそういうが

きてるまっさい中は

自ら全ての清算をし、もてなしてニコニコ笑って冗談とかいったりして

でも

後で必ず

「ねえちゃんが全部出したっばい」

「お土産ひとつ持ってこん」というのだ。

 

「みやげくらい買ってこい」と兄に言えばいいものを

自分がさんざんもてなしておいて

あとでかならず

自分がタクシー代まで出したとか、

みやげをもってこなかったとか

いちいち言うのだ。

 

あっちでいい顔、こっちにもいい顔するようなこととか、人によって言うことや態度を変えるとかは自分はできんので

どうしてもこの八方美人の部分が私は受け付けられない。

 

今日は。

いまから仕事だ。

母はデイ。

デイの方から

母の入浴シーンの写メがいま、届いた。

助かる。

こんなにガッツリ入浴してるのに

「入ってない」「入ったことない」とよく言えるものだが。

今日母が夜に入ってないから温泉にいきたいといったときに役立つだろう。

こんな写メを送ってもらって

母をやりこめたいのではない。

毎度毎度、温泉では長い入浴により母が疲れ、不穏になるからだ。

今から先は

疲れる、ことでも不穏になると訪看さんにもいわれているけど

その通りなのだ。

 

さて。

今日は兄夫婦がきて母たちは喜ぶだろうから。

みんなに機嫌がいい一日であればいいなと願っている。

 

来週のこの日。

母は入院します。

 

たまたま次の日からショート予定していたので

私は鳥栖へ帰れるから。

歯医者、精神科、いろいろいかなあかんところがいっぱいある。

仕事と見舞いの合間に、少しずつこなしていこう。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

愚痴ばっかでいつもごめんね。