ヨーロッパの大聖堂にはあまり興味がありません(今のところは)。アメリカのゴスペルが礼拝だというような教会にはいってみたい。しかし、一番は、日本の教会のある風景に心が魅かれます。それは、切支丹への迫害、弾圧の歴史が、少数者への迫害と差別の歴史につながるからかもしれません。長崎、五島列島、熊本、天草の旅の記録を再び記します。
いたるところで、緑の山並みの中に白亜の教会が見えます。この風景に心が安らぎます。
信ずれば天地(あめつち)もののあたたかし 玉木愛子
しかし、大野教会は、白亜の教会堂ではありませんでした。
この白いマリア像がなかったら、教会堂などと思う人はいないでしょう。
しかし、実は、屋根瓦の先に十字架が見えるのですが、わかりますか。