Xログより

 

好きなものを好きと言えなかった、自分が何を好きなのか人から聞かれて答えられなかった、と言って嘆く妹。 人生の終末期を迎える母を前にしてなおも割り切れない様子なのが痛々しい。確かに私たちを一生懸命育ててくれた母だけど私たちの求める母ではなかったことに気づけたかどうかの違いか。

 

こんなエエ年齢になって何言うてんねん、って感じですけどね。私は途中でぶちぎれたし距離を置いて自分を守った時期もあったから… その分、今の家族にいろいろ支えてもらってるな。 あとは次世代の健やか穏やかな幸せを願うのみです。

 

ブログのお引越しできてます。

 

まあ~ぼちぼちと。

 

 

8月に万博行くんだ、高奈ちゃんと。

さそってくれてほんとにありがとう…楽しみです!

また二ヶ月放置。いまさっき過去日時指定で覚書した。
3/30㈰
母が住んでいたアパートを引き払い。

詳しく言うと10日前には引き上げてた。
遺品整理業者に頼んで、大型家財不用品搬出清掃。ガス止める。
その翌日妹と一緒に最後の掃除、小物類引き上げ。ブレーカー落とす。
妹曰く、「母が引っ越してきた時よりもきれいに掃除したぞ!!!」
ほんまに。


母、住んで6年足らずで入院。亡くなったときでちょうど6年。入院してから半年。母が入院してからは少しずつ片づけていた。
四十九日までここで法要をした。納骨後百箇日までは通って片付けつつ姉妹で話し合ったり休憩したりして過ごした。その後は一気に3月末を目指して、予定通り、片付けた。

前のアパートが台風で壊れて途方に暮れてた母を叱咤激励して、近所の昔からやってる不動産屋を訪ねて、たまたま近所の人も数年前に入居したという、徒歩3分ほどの鉄筋アパートがたまたま空いていて…
「あと何年か分からんけど、ここなら死ぬまでなんとかなる…」って…
何ともならなくなった時には、入院で、最後までちっとも私たちに世話を掛けさせなかった…

お世話になりました。ありがとうございました。〇〇〇〇〇(アパートの名前)
また二ヶ月放置してた…後ほど
2024年
令和6年11月17日午後11時23分
Twitterより

10月4日

実母が先週から入院してる。かなり弱って足腰も痛んでて内臓疾患もあるよう。検査結果次第では帰宅困難ということも…

ひと月ほど前に、いつものように通院付添に実家に言ってた時、急に「かざしには申し訳ないことをした」と言い出して…急に謝ってくるとか…今思えば予兆…?

何のことか分からず、訊いたら 「もっとしたい勉強させてあげられたら良かった」と言い出して…志望校のことかな?気にしてないよ、と言ったが…浪人負荷なんで確実なとこにしたんだ。でも先生にも友達にも恵まれたし… で、今思ったけど、院行きたかったことかも(←私がアホなので無理)
こないだまでやってた朝ドラ結構熱心に見てたから、寅ちゃんに影響されたかな…? それにしても、謝ってくるだなんて…母が!私に!謝るなんて! 最後の最後(まだだよ)に、ずるいぞw でも、ありがと。育ててくれて。 あ、前ポス、負荷じゃなくて不可www

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22日に無事転院。近所の総合病院。
耳馴染みある施設名を聴くだけで前より落ち着くのだろうか。
よく寝て安心してるような感じ。

昨日は、妹と、メインバンクの母名義の定期を解約した。
ずっと馴染みのある地元金融機関で、支店長も顔パスで、
高齢の母の生活費を時々、引き出す姉妹、ということで
入院治療費である旨告げると、特に何もなく、粛々と手続きが済んだ。

おだやかに日々を送りたい。


今日は、すこしだけサボる。ごめん。
明日は土曜なのにオシゴトなんだ…
療養病院に転院決まった。

リハビリしてるらしいけど
膝も腰も痛くて立てないようで…
胃から、肝臓・肺とかに転移もしてるらしく。

ひとり暮らしはもう無理なんだなぁ。


最近は顔色も良く。
ずっと、寝てるけど。横になれて楽みたい。
手くらい動かせるようになって、楽しみを見つけてほしい。

昨日は故郷県産の柿を小さく切ってタッパに詰めて
保冷剤と包んで持って行ってあげたら、
「柿をこんなに小さく切って食べるの初めてや。美味しいな。」
って、5~6個ほど、パクパク食べた。
調度いい具合に熟れて、歯茎でつぶせるほどの柔らかさ
だけどしっかり形が崩れないという、絶妙な、しかも
甘くておいしい柿。
母の大好物。

もっと早くいろいろ工夫して食べさせてあげたらよかった…









来年オシゴトやめたい。
まあ、そうだな。
でも、途中から怒鳴る癖はやめてほしい。
まったく聞く気になれん。

私は、母の願いをかなえたミッションをクリアしただけで
もうそれで十分だと思っていたから

まああれだ。
誰よりも一番もてなされごちそうになって
気を遣ってもらってたからな。
そりゃ一番後ろめたいだろう

私や妹と、従兄たちの間柄で、そんな気を遣わなくても、
という空気感。身内じゃないからわかんないよね。

まあ…気が済むならそういうふうにしようか。
しかしそれは私が決めることだ。




しかしめんどくさい。
日曜は来なくていいよ。自分の母親の相手してやれ。

覚書

誰よりも。気に掛けてあげなければならなかった。

ずっと一人暮らしで、この春ごろからしんどいって何度も訴えて。
少しでも助けて一緒に暮らしてあげればよかった。

義両親のことよりも何よりも。
私が実家に帰ればよかった。

今年、仕事引き受けるんじゃなかった。

ギリギリまで頑張って、この月の半ば過ぎまでは、なんとか。
彼岸過ぎに急に。彼岸から、みんなが呼びに来たのかな。

昨日、本当なら私が行くはずだった木曜日、仕事が入って行けなかった。
たまたま心配してくれたケアマネが電話した時に、声が弱弱しいって、妹に連絡が入り、妹から私に。急遽、妹と一緒に仕事帰りに寄って。様子見てご飯一緒に食べて。明日も来るねと、声かけて寝かせて。

そして、この日。昼前10時過ぎ、いつも医者に出かける時間やっとたどり着いたら、トイレでしゃがみこんで動けずにいた。
抱きかかえて引きずり出し、元々腰と左膝が痛くて、倒れたはずみで左膝が傷んだのか、動けない歩けないと…
昼ごはんも満足に食べられず、栄養ドリンクのみで、トイレの横に置いた椅子にやっと座ってそこから動けず、横になりたいというので、ベッドまで抱えて寝かせた。
介護用品の歩行器が欲しいというので、懇意のレンタル用具店に頼んで、用具店のおじさんからケアマネに連絡が行き、昼過ぎに来てくれることになったが、これは新しい歩行器どころではなく、腰と膝の痛みと衰弱で、いますぐにでもどこかに入院できないか相談しようと思ってたら…
来てくれたケアマネが、熱があるようですよ、と指摘してくれて。そんな基本的なことにも気づかず、ほんとうに情けない。38度5分。後に救急隊員が測ってくれたら39度あった。
すぐに救急車、かかりつけの総合病院に救急搬送。

以上。この日の覚書