大津・白鬚(しらひげ)神社
近江最古の大社で、社記によると垂仁天皇の25年(第11代・2000余年前)、
①皇女倭姫命が社殿を御創建(御再建とも)、
天武天皇(第40代)の白鳳3年(675)勅旨を以て「比良明神」の号を賜るとある。
当社の縁起は謡曲「白鬚」<観阿弥作>にも謡われ、
日本全国に約300の分霊社が祀られている。
お祀りされている猿田彦命は白髪で白い鬚を蓄えた老人のお姿で、
御社名の由来にもなっている長寿神である。
①皇女倭姫命
記紀 等に伝わる古代 日本 の 皇族 。
『 日本書紀 』では「倭姫命」、『 古事記 』では「 倭比売命 」と表記される。
*白鬚神社|越前国に下向する際、歌を詠んだ地
内容:越前国の国司となった父・②藤原為時に帯同して越前へと下向する際に、
この地で詠んだのが、「三尾の海に 網引く民のてまもなく 立居につけて 都恋しも」。
紫式部は、父・藤原為時とともに逢坂峠を越えて大津に入り、
大津で琵琶湖舟運の船に乗船し、塩津へと向かったと推測できます
所在地:滋賀県高島市鵜川215
②藤原為時
紫式部 の父。…また見直します。
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僧正遍昭(そうじょうへんじょう)
あまつかぜくものかよひ(い)ぢふきとぢよ
をとめのすがたしばしとどめむ
(実姉が書きました)
天を吹く風よ、雲の間の通り道を吹き閉じてしまってくれ。
五節に舞う少女の姿をしばらくとどめておきたいのだ。