出雲・四隅突出型墳丘墓
墳丘を持つ墓だけでも27基が密集し,
特に弥生時代後期~終末期に造られた6基の四隅突出型墳丘墓(以下「よすみ」と呼ぶ)は,
出雲の権力者たちの墓として全国的に有名です。
「西谷の丘」に造られた最初の王墓で,弥生時代後期後葉のものです。
突出部を含めた規模は約55m×40m,高さ4.5mです。
裾まわりの石列は2列です。
*第4埋葬の周りには4本の柱の跡があり、
何らかの建造物が建っていたのでかもしれません。
島根大学を中心とした調査団によって発掘調査され,
鉄剣やガラス勾玉,大量の土器(吉備,北陸系の土器を含む)などが発見されました。
出雲・吉備の墳墓祭祀が大和に取り入れられ、
前方後円墳体制=ヤマト政権の成立につながった後、
両者の命運は大きく分かれます。
吉備はヤマト王権と連合の道を選び、
巨大な前方後円墳が作られるようになります。
としています。…いい勉強をさせていただきました。


