近江の古墳(7):安土瓢箪山古墳ーno.17

 滋賀県では最大規模の古墳で 、 

4世紀 中葉( 古墳時代 前期)頃の築造と推定される。

かつて湖に突き出す半島上に所在し、古墳の眼下には琵琶湖の内湖が広がり、

背後には蒲生郡・甲賀郡へと続く主要路が通じた水陸交通の要衝の立地になる。

全長約162m、滋賀県内で最大規模をもつ前方後円墳。

後円部径約90m・高さ約18m、前方部幅約70m・高さ約14m、

段築や葺石などは確認されていない。

後円部で竪穴式石室3基、前方部で箱式石棺2基見つかり、

後円部中央の石室(長さ6.6m・幅1.3m・高さ1.1m、割竹形木棺)からは

人骨のほか銅鏡や鍬形石、石釧、車輪石、武器・武具、農工具など

多くの副葬品が出土した。しかし

なぜか近江は形象埴輪の乏しい地域でした。

 

一帯では古代豪族の狭狭城山君(沙沙貴山君)の存在が知られることから、

被葬者を狭狭城山君の首長に比定する説や

在地の狭狭城山君を牽制するために畿内ヤマト王権から派遣された人物

に比定する説等が挙げられている。

 

滋賀県近江八幡市安土町地域自治区安土町宮津