1571年、比叡山延暦寺の焼き討ちを行った織田信長は、近江国にある比叡山傘下の天台寺院をも焼き払うことを命じたそうです。この西明寺も信長配下の武士によって焼き討ちの運命にありましたが、なんと寺僧の気転により、山門近くの房舎を激しく燃やしてまるで全山焼失のように見せかけたため、山奥に位置する本堂(国宝)や三重塔(国宝)は焼失をまぬがれたというお話。


(湖東三山・西明寺)
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*金剛輪寺、百済寺とともに「湖東三山」のお寺です。

(史談会会報)⤵
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信長との戦(三か村探訪)等掲載した「史談会会報」が発行されまして、
探訪を振り返りました。