以前の講座の中で「湖東式軒丸瓦」が、
なぜ(長野・元善町遺跡)(岐阜県・輪形古窯跡)で発見されたか?
のことについて調べました。


①(福井県・小粕窯跡で発見された瓦)
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これは近江(滋賀県)の湖東と湖北の一部しか認められておらず、
わが国ではほかに類例がないとされてきた。
しかし、丹生郡で出土したのである。ほぼ滋賀県出土瓦に等しい。

②(長野・元善町遺跡)(岐阜県・輪形古窯跡)
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長野県長野市 大字長野字元善町500

③(塔ノ塚廃寺)
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愛知郡は依知秦氏の本貫であり、渡来氏族の創建にかかわるとの見方が強い。
七世紀後半から八世紀代まで瓦窯が存続したとされている。

「湖東式軒丸瓦」の広がりは、越前・美濃・尾張・信濃で出土している。
*ここでの軒丸瓦は、単弁六葉蓮華文で中房に大きい蓮子をもち、
周囲に蓮子を配し、外区内縁に珠文をつける形態を示している
    *湖東式瓦を通しての越前・近江との交流は、たんなる技術交流ではかたづ      けられない一面をもつ。
     多くの場合、寺院の建設には氏族集団の影響だけではなく国家が関与して     おり、瓦もまたそれにともなう事例がままあるが、この場合も
例外ではない。

湖東式軒丸瓦は、越前・尾張・信濃の各地へと展開するが、
その動機や経緯、ルートなどは、明らかではないとしています。
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上記資料より、調べました。