《候補作品ー119・柚》

気が向いたときいろんな絵描いています。この「柚」を枠に入れて完成させました。
・
【淡海の城(おうみのしろ)第31号】・・・一読

第3回 六角征伐と近江の戦国時代~連続講座にむけてより
文正2年(応仁元年・1467)1月、畠山義就と畠山政長による上御霊神社の戦いに端を発した内乱は、諸国の守護を巻き込んで拡大し、やがて全国的な大乱へと発展します。この後10年に亘って続く応仁・文明の乱の始まりです。この大乱によって室町将軍の求心力は一気に低下し、諸国の領主勢力が自立する戦国時代へと突入します。近江においても守護六角高頼が力を付け、国内の公家・寺社領を押領するなど、勢力拡大を図ります。こうした状況に対し、幕府はたびたび押領した領地の返還を命じますが、六角高頼はこれに従わず、ついに長享元年、室町幕府第9代将軍足利義尚は六角高頼を征伐するため自ら近江に進軍します。いったんは居城を逐われた六角高頼でしたが、甲賀の国人衆と組んでゲリラ戦を展開し、義尚が陣中に没したこともあってこの親征をはねのけました(第一次六角征伐・鈎の陣)。その後延徳3年(1491)、第10代将軍足利義材が近江に進軍しますが、この時も幕府軍は六角氏を討伐できず、明応2年(1493)の細川政元のクーデターで義材が将軍の座を逐われ、親征は失敗に終わりました。
この六角征伐は、六角氏が戦国期の守護権力として自立していく画期となった事件の一つです。この後、守護代伊庭氏を排除(伊庭氏の乱)することで六角氏の権力は確立されることになります。いわば、六角征伐は近江の戦国時代の幕開けを告げる事件ということができます。今回の講座では、六角征伐と伊庭氏の乱を経て成立した近江の戦国時代について考えてみようと思います(松下)より。・・・今朝一読学ばさせていただきました。