沢尻エリカの「クローズノート」を見た
先週あまりにも騒ぎが大きく、ついつい気になってしまった沢尻エリカ。
個人的にはパッチギで全てが終わった女優としてお気に入りからは当の昔から外れていた。
しかし、昨今の言われようが気になった。
パッチギ以外の作品を見たことがない。
彼女は本当はどういう女優なのか?
「日本映画専門チャンネル」というCSのテレビ番組で今回の「クローズドノート」という作品のインタビューがあるというので、早速チェック。あれ~?みんながいうような態度じゃないぞ!ちゃんと作品のこと語ってる。しかも、今回は監督の作品という主軸に自分のアイデアは不要だったので客観的に演じたとのこと。ん~すばらしい。本当か?
ということで、映画館に早速出向いた。10代後半~20代前半のカップルと女の子同士が多かった。祭日だったが夜の回で客数は少ないようだった。
さぁ、作品に集中しようと・・・・。
恋愛モノの映画か?いやちょっとまてよ・・・・。そうきたかぁ!いいじゃないの~?(涙・・・・)
インタビューで沢尻エリカが語っていたように、主演女優でありながら、ちょっと違うたち位置で、作品としての存在感をとても重要視していることが伝わる。前にぜんぜん出てこない。むだな女アピール一切なし。物語がそこにあった。
いまでも、沢尻エリカを見たというよりは「クローズドノートという作品を見た」といういんしょうが強く残った。
さて、皆様これはどういうことか。
あの報道はいったいナンなのだ?
1960年代にアメリカのミュージックシーンで、ちょっと次元は違うかもしれないけど、メディアから「態度が悪い」とめちゃめちゃたたかれたアーティストがいた。ボブディランである。作品をろくすっぽ聞いてもこないで記者会見の場にいる記者たち。わけのわからない質問。くだらない質問。作品とは関係ない質問。同じ質問の日々。「ちょっと売れているからって、生意気な野郎だ」というメディアからの批判。彼はそんななかツアーを回って、お客さんからもブーイングを受けて、ツアー終了後、バイク事故を起こしてしばらくの間、一切メディアに登場しなくなった。作品もしばらく出さなかった。
このボブディランのストーリーを、ドキュメンタリー映画でじっくり見ると、メディアのひどさが理解できる。メディアがアーティストを殺すのは意図も簡単なことなんだとわかる。
沢尻エリカの作品での動きを今後も僕は注目していきたい。さっそく前の作品も要チェック。
今後も、いまみんなが「いやなやつ」というレッテルを貼っているものに着目して、メディアや情報の本質について考えて行こうと思う。
