多様性の理解と尊重って、いろいろな人がいることを受け入れ認め合うってことだけど、ただ単にいろいろな美男美女と仲良くみたいなのとは全然話が違うと思う。そんな美しいもんじゃない。簡単に言えば、仮に自分の隣に生理的にムリな臭くて汚いキモいおっさんがいても存在を許すってことだよ。そのおっさんもある程度は清潔にしておく義務みたいなのはあると思うけど、そういう人がいても、心の底から受け入れろとは言わないけど、ある程度気遣いをした上で良い意味でスルーするみたいな感じが多様性の理解・尊重の現実だと思う。あと、危険な某国がミサイル撃ってきても多様性の理解なんだからそれも許容しないといけない。多様性の理解の論理からは反論できない。だから、国防を考えたり実行したり、その某国と上手くやっていく方法を、毎日しっかり仕事をして家族と過ごす時間もしっかりとって自分の遊ぶ時間をけずって考えること。それらが小さくも大きくも言う多様性の理解と尊重だと思う。ただ単に美しく皆仲良くではない。それを実行する覚悟が無いなら初めから多様性の尊重なんて言わない方が良いと思う。よけいにこじれるだけだから。多様性の理解と尊重は美しくありません。みんなの幸福のための茨の道です。でもそれでも世の中を良くしていくために、皆が生きやすく幸福になるために少しずつ考えて認め合っていかないといけません。