「それさえなければ〇〇なのに…」
これは患者さんやクライアントさんからよく聞かれるフレーズの一つですが、皆さんの中にもこの考えに共感するという方もいらっしゃるかもしれませんね。
私自身も、摂食障害真っただ中の頃はそんな風に考えて苦しんでいました。「過食嘔吐さえなければ楽になれるのに」「過食嘔吐さえなければ幸せになれるのに」「過食嘔吐さえなければお金が貯まるのに」「過食嘔吐さえなければ恋愛もうまくいくはずなのに」「過食嘔吐さえなければ仕事もうまくいくはずなのに」「過食嘔吐さえなければ…過食嘔吐さえなければ…」
けれども本当にそうだったのでしょうか?
「過食嘔吐さえなければ」という当時の私の思考に対して、今の私はこんな風に考えています。
過食嘔吐という行為そのものではなく、その症状につながる思考や自分らしい生き方を選択できないでいることが苦しかったのだろう。
過食嘔吐以上に、本当に望むものではなく自分の自信のなさを隠すための知識や外見にずいぶんと時間とお金を費やしていたような気がする。
仕事や恋愛がうまくいかなかった理由は過食嘔吐以外にもあったはずなのに、人生がうまくいかない理由や原因をすべて摂食障害のせいにしようとしていたなあ。摂食障害=諸悪の根源という考え方は、あの頃の私にとっては自分を苦しめるばかりであまり役立っていなかったなあ…。
治療を受ける中で、少しずつそうではないのだということ、「過食嘔吐さえなければ」という考えそのものが自分を苦しめる病気の思考であること、病気や症状ではなく自分はどうしたいのかに目を向けることが重要であることなどを理解するようになりました。
今改めて振り返ると、私が仮に摂食障害を患っていなかったとしても、「もっと美人だったら」とか「もっとスタイルが良ければ」とか「もっと頭が良かったら」というような“たられば妄想”に取りつかれ、それを上手くいかないことの言い訳にしていたのではないかという気がします。
次回は私がどのようにしてこの“たられば妄想”から抜け出したのかについて振り返ってみたいと思います。
