先月末にとある手術を受けました。今は無事退院しすでに仕事にも復帰しています。
実は私が手術を受ける必要があると分かった時、私の頭に真っ先に想い浮かんだのは父の姿でした。
父は私が小学校低学年の頃に胆のう摘出術を受けました。手術を終え麻酔から覚めた父は、医療者や部屋で待つ私たちに向かって激しい怒りをぶつけました。手術を受けたことに対する父の怒りは、その後何年も、ことあるごとに再燃することになりました。手術前から術中術後まで、何かトラブルや事故が起こったわけではありません。ただ当時の父にとっては、自分が手術を受けなければならなくなったこと、手術で胆嚢を摘出したこと、そのことで自分の身体の機能が正常ではなくなった(と父は感じた)こと、なぜ自分がこのような目にあわなければならなかったのかなど、様々な想いがこみ上げぶつける先も分からない怒りとして表現されたのではないかと考えています。
子どもの頃の私は、なぜ父がそれほど長い間怒りを抱えていたのか全く理解することができませんでしたが、年を経るにつれて、そんな父の一面も少しは理解できるようになったつもりでいました。
けれども、私自身が手術を受ける立場になった時、「私も父のような反応を示すのではないか」と言うことが一番の不安でした。それは、父の反応を表面的には理解したつもりでしたが、こころの奥ではそれを恥じる気持ちがあったからではないかと思うのです。特に私の場合、手術を受ける前はこの手術によって「機能を失う」とか「選択肢を失う」とか「身体の一部を失う」といった後ろ向きの考えを強く持っていました。ですから、“父のような恥ずかしい姿をさらすようなことはしたくない”、“一体自分は術後どんな気持ちになってどんな行動を示すのか”と言うことが不安で仕方なかったのでしょう。
種明かしをすると、私の場合は父の反応とは異なるものでした。
麻酔から覚め夫の顔を見た時、私が最初に感じたのは、無事に目覚めることができたことや待っていてくれる家族、この手術に関わってくださった医療者やスケジュールを調整してくださった会社の方々、心配してくださる友人など、自分の命が多くの人によって生かされていることへの感謝の気持ちでした。“失った”と言うよりもむしろ、私がどれほどのものを“与えられている”かを、この手術を受けることで改めて強く感じさせられました。
けれどもこのような気づきを与えてくれたのは、やはり父の存在が大きかったと思っています。怒りにさいなまされる父は、子どもの目にもとても苦しく映りました。父が自らの身をもって茨の道を進んだとしたら、そういう道とは別の道もあるのだと教えてくれたのも父なのだろうと感じるのです。
今回自分が手術を受けることになり、あの時の父と似たような状況に身を置くことができたことで、父の体験をほんの少し分かち合えたような気がしています。あの頃は分からなかったけれど、父の蒔いた種がゆっくりと芽吹き、私を救ってくれたのだと感じています。
