でもそれは決して悪いことではなく、誰だって何かに夢中になるには、やはりお金が必要なわけですし、お金を稼ぐということはつまらない仕事も引き受けていかないと成り立たないのが、世の中の悲しい性なのも重重承知。

 

ただそれを古めかしくかつ遠回しに「人生で一番大切なことはご縁とご恩」と、あくまでもジャニー喜多川前社長に対する賛辞を惜しまず、昔の任侠映画の「義理と人情」のような発言をしたかと思えば、もう裁判でも確実に明らかになっている性加害問題に対し、「いち作曲家であり、楽曲の提供者である私にはそれを知る術はなかった。」などとの心無い言い訳と嘘で、一番大事な核心部分への答えは発しないままま、最後には「私の姿勢を『忖度』あるいは『長いものに巻かれている』とそ解釈されるのであれば、それでも構わないし、そういう方々には私の音楽は不要でしょう。」と完全に自分の立場や影響力を考えず、開きなおてしまっては、元も子もありません。

 

 

でもよく考えてみたら、僕らがあの美しいメロディーと歌声に魅了されすぎた結果、彼をいつの間にか絶対に悪いことに手を染めるようなことはしない『人格者』と錯覚してしまっていたのが、そもそもの間違いの始まりで、実はお酒(ライブでは禁酒したと言ってましたが...😅。)や女性(妻の竹内まりやに内緒で、アルバムジャケットを描いているヤマザキマリとの密会も報じられました。)、そして下ネタも大好きな(笑)、ごく普通の『大衆的なお年寄り』のひとりだったということにもっと早く気づいていれば、「あ〜なんか好きな音楽さえあれば何もいらない的な雰囲気だったけど、やっぱ達郎ですらお金が大事なんだね〜。」と、こちらも納得できたはずだし、達郎もどうせ開き直るなら「だって年間何億円も手に入るのに、ジャニーズの悪口は言えないでしょう。」と堂々と発言できたのかもしれません。

 

(続く...。)