ミーの声に生気があるが、ケイの声がマスクされて聴きとりにくい、と質したとき、ケイはつらそうな顔で半肯定した。理由は、ケイは外国の食事が好みにあわずミーの方が海外生活では生き生きとすることと、声質をそろえるように要求されたために、もともとハスキーな彼女の声が沈んでしまった、ということだ。そのときのケイの表情が気がかりだったので、再生条件を変えて、『インUSA』を何回も聴いた。

(平岡正明「ピンク・レディー逆上陸」、『ニューミュージックマガジン』1979年12月号より)


「山口百恵は菩薩である」で知られる評論家、平岡正明氏がアルバム「ピンク・レディー・インUSA」について書いた評論の一節である。


これまでも書いてきたように、同アルバムは彼女たちがロサンゼルスでレコーディングし、79年6月に全米向けにリリースした<Pink Lady>の日本盤として、同年9月に国内向けに発売された。平岡氏は発売直後にミーちゃんケイちゃんにインタビュー取材をしているが、上でふれられているのは、その時のやりとりである。


平岡氏によると、愛用しているオーディオシステムではケイちゃんの声が聴こえづらく、娘さんが使っている少し品質が劣るステレオでは聴こえたそうだ。マニアックな平岡氏は、自分の装置の音量やトーンを調整したり、部品を変えたりして、ケイちゃんの声が聴こえるまで何度も試したという。


今はCDにしてもストリーミングにしても音源がデジタルなので、楽曲の聴きたい箇所だけを好きなだけ繰り返して再生することができるが、当時はポリ塩化ビニールで出来たアナログ盤を回転させつつ、表面に刻まれた溝に、硬いレコード針を落として再生していた訳で、途中で針を上げ下げすると、盤に傷がついて不良品になる恐れがあった。なので、一度針を下ろすと普通はレコードの片面の再生が全て終わるまで、最低でも1曲が終わるまで針は上げられない。平岡氏はケイちゃんの声が聴こえるかどうか、相当な時間を費やして粘り強く検証したと思われる。


果たして平岡氏が言うように、ケイちゃんの声はほんとうに聴こえづらいのか?その点にも注意しながら、引き続き「ピンク・レディー・インUSA」を聴いていく。今回は3曲目から。



(「Singles Premium」DVDから。79年4月1日放送「スター誕生!」で「キッス・イン・ザ・ダーク」をリリース前に披露する)


3:ショー・ミー・ザ・ウェイ・トゥ・ラブ

  Show Me The Way To Love


アルバムのプロデューサー、マイケル・ロイド(Michael Lloyd)氏が作詞・作曲を手がけ、ジョン・ダンドリア(John D’Andrea)氏が編曲したオリジナル曲。前回紹介した「ダンシング・イン・ザ・ホールズ・オブ・ラブ」(Dancing In The Halls Of Love)が79年8月にアメリカでのセカンド・シングルとしてリリースされた際は、B面に収録された。


愛がお伽話のように思えた頃があったわ。星に願えばいつも夢が叶うと。でも現実は違う。ゲームじゃないのよ。愛し方を教えて。触れてキスする方法を。だって愛について何も知らない私なの…


初めて体験する現実の恋愛に戸惑いながらもときめく女性の心を歌うミディアム・テンポのラブソングである。ギターとエレクトリックピアノが中心のシンプルなアレンジで始まり、そこにストリングス、そしてサビから前回紹介したパール・ダイバーズのバック・ボーカルが加わって盛り上がっていく。


『【PLあるばむメモ】ピンク・レディー・インUSA(2)』「ピンク・レディー・イン・USA」について書いている。1979年、アメリカ進出に本格的に乗り出したピンク・レディーが、全米デビューアルバムとしてリリースした<…リンクameblo.jp


ミーちゃんケイちゃんのボーカルは、再三書いてきた通り、このアルバムではプロデューサーのロイド氏の方針で、2人の声質を揃え、軽く柔らかく歌うウィスパー唱法になっている。その方がよりセクシーで、アメリカの音楽市場で人気を得られると考えたようだ。


数々のヒット曲で、日本のリスナーにお馴染みの「ピンク・レディーの歌声」といえば、ミーちゃんの細くて澄んだ声と、ケイちゃんの太くてハスキーボイスという全く異なる2人の声が響き合う独特なものだ。ミーちゃんが高音パート、ケイちゃんが低音パートに分かれてハモることも多く、2人の声の個性がさらに際立って聴こえる。


しかしこのアルバムでは、基本的にハーモニーは封印し、2人の声質をできるだけ揃えてユニゾンで歌っているので、平岡氏が指摘するように、ふだんはハスキーで目立つケイちゃんの声が、どこかへ行ってしまったようにも聴こえる。


だが逆に、ボーカルパートをミーちゃんが1人で歌っているように聴こえるかといえば、決してそんなことはない。平岡氏が聴いたアナログ盤の音と今のデジタル音源で違いがあるのかもしれないが、ケイちゃんの声が「聴きとりにくい」ということはなく、ただ声質を合わせているために個性が目立たないだけで、確かに2人で歌っている。


全体的には、アップテンポの曲よりも、この曲のようにゆったりした曲の方が、ケイちゃんの声がしっかり聴こえる。またこの曲に関しては、比較的アレンジがシンプルな曲の前半の方が、ケイちゃんの声を認識しやすい。サビに入ると、例のパール・ダイバーズがコーラスだけでなく、ソロのフレーズを入れるなど複雑に絡んでくるので、様々な声が混じり合い、聴き分けにくくなっているのは確かだ。


平岡氏によると、アルバムのレコーディングは、先にミーちゃんケイちゃんがリズムセクションだけをバックに歌い、後からストリングスとパール・ダイバーズによるバック・ボーカルを重ねて録音したそうだ。そのせいかどうかわからないが、アルバム全体を通して、若干パール・ダイバーズが張り切り過ぎている感じがしないでもない。1曲だけなら気にならないが、通しで聴くとちょっとうるさくなってくるかもしれない。


4:ウォーク・アウェイ・ルネ

       Walk Away Renee


カバー曲で、オリジナルはアメリカのバンド、レフト・バンク(The Left Banke)が66年にリリースしたヒット曲。ルネという恋人との別れを歌った失恋ソングで「いとしのルネ」という邦題で日本盤も発売されている。


オリジナルはソフト・ロック調(日本盤のジャケットではフォーク・ロックと紹介されている)だが、アレンジにストリングス(というより弦楽四重奏)やフルートなど、クラシックの楽器を取り入れている。こうしたスタイルは「バロック・ポップ」(Baroque Pop)と呼ばれて60年代に流行したが、この曲はその代表的な楽曲としても知られる。68年には、モータウンのR&Bグループ、フォー・トップス(The Four Tops)によるカバーもヒット。その後も多くのアーティストがカバーしている。


このピンク・レディーによるカバーは、全米デビューシングル「キッス・イン・ザ・ダーク」のB面にも収録された。アルバムのほとんどの収録曲の編曲を前出のダンドリア氏が手がける中、この曲だけがロサンゼルスを拠点とするチリ人の音楽家、エリック・ブリン(Erich Bulling)氏によるアレンジである。


オリジナルはレフト・バンクのキーボード奏者、マイケル・ブラウン氏(Michael Brown)がルネ(Renee)という実在の女性のことを想って作ったとされる。つまり男性目線の歌なのだが、うまいことにルネは男性の名前にも使われるので、女性目線に置き換えて歌うこともできる。(厳密に言えば、男性の場合はスペルがReneになるが、発音は同じである)


サビの歌詞<♪Just walk away Renee / You won’t see me follow you back home>は、別れる恋人に対してかける言葉なのだが、男性から女性に言うのと、女性から男性に言うのとでは、いくらかニュアンスが違って聴こえる。


どちらも悲しみをこらえて「さあ行けよ(行ってちょうだい)、ルネ」と強がっているのだが、個人的にはレフト・バンク(男性目線)のバージョンが去っていく恋人への未練を強く感じさせるのに対して、ピンク・レディー(女性目線)バージョンの方は、切ないけれども、どこか吹っ切れた明るさもあるように思う。いかがだろうか?


ミーちゃんケイちゃんは、デビュー前にヤマハの特待生としてレッスンを受けていたこともあってか、こういうしっとり聴かせるタイプの曲も意外にハマっていて、見事に世界観を表現している。


5:ストレンジャーズ・ホエン・ウィー・キッス

  Strangers When We Kiss 


ロイド氏とダンドリア氏が共同で作詞作曲したオリジナル曲。80年9月、ピンク・レディーの解散発表後にリリースされた19作目のシングル「うたかた」は、この曲に日本語詞をつけて新たに日本でレコーディングしたセルフカバーである。(作詞:三浦徳子さん、編曲:川口真氏)


「キッス・イン・ザ・ダーク」同様、ダンドリア氏の編曲は、アップテンポながらバリバリのディスコ調というよりは、疾走感のあるストリングスが印象的な柔らかいサウンド。2人のボーカルには非常に艶があり、ウィスパー唱法でも力強さを感じさせる。


私たちのゲームの全てを知ることは難しい。愛がここにあるのは、心臓が脈打つほんの一瞬だけ。私たちは二人とも少し正しくて少し間違っているわ。私があなたに手を差し伸べ、あなたが私に手を伸ばす時、私たちは居場所に帰るの。キスする時は他人だから。朝の光へと走り去る暗闇に隠れて。キスする時もふれあう時も他人なの。おやすみを言う時も…


「キスする時は他人」とはどういうことか?そういえば、日本の歌謡曲にも<♪逢う時にはいつでも他人の2人>と歌うヒット曲があった。金井克子さんの「他人の関係」(73年、作詞は有馬三重子さん)である。この歌の場合は<♪大人同士の恋は 小鳥のように いつでも自由でいたいわ>と、お互いを縛ったり縛られたりしない自由な大人の恋愛を歌っていた。


「ストレンジャーズ・ホエン・ウィー・キッス」についても、この「他人の関係」と同様、大人どうしの割り切った恋愛を歌っているようにも思える。だが、もう少し別の解釈も成り立つのではないか。


先述した3曲目の「ショー・ミー・ザ・ウェイ・トゥ・ラブ」とのつながりで考えてみる。初めての現実の恋愛に戸惑い「愛し方を教えてよ」と歌っていた女性。交際が進む中で、ふともしこの恋人を失ったらと、不安に駆られる。100%の愛情を注いで本気で好きになればなるほど、その愛を失った時のダメージは大きい。ならば、相手にのめり込む前に、恋はゲームだと自分に言い聞かせ、一定の心理的な距離、冷めた部分を残しておいた方が傷つかないで済むのではないか。


つまり恋愛における予防線であり、一緒にいる今この時だけ燃え上がればよいという、刹那的な恋愛観にもつながる。


古き良き時代の純朴な恋愛とは違う、繊細で傷つきやすい現代人ならではの恋愛に対する新しい感性。それは都会的で洗練されているようにも映るが、同時に悲しくて切ない。そのことをロイド氏たちは80年代の到来を前に、半ば皮肉も込めて、このラブソングに反映したのかもしれない。(続く)


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