ピンク・レディーの2枚組ライブアルバム「サマー・ファイア’77」について書いている。アルバムが主題なので、本来ストイックに音のみに集中すべきだと思うが、コンサートの一部の映像が動画サイトで見られる(コンサートの4日後にTBSで放送されたものと思われる)ので、つい欲張って視覚的な情報についても触れたくなる。

 
既にアルバムを何度か聴いた状態で、初めて映像を観て驚いたのは、音で想像していた以上に、ミーちゃんケイちゃんがほとんど休みなく踊りながら歌っていることだ。しかもほぼ定位置で歌うテレビ番組とは違って、田園コロシアムの特設ステージの上を、四方のスタンドの観衆にアピールするため、縦横無尽に躍動している。それほど動き続けていても、2人とも歌の途中で息切れしないばかりか、歌声が安定しているので、音を聴くだけではわからないのだ。
 
30数曲歌って踊って1時間40分のステージを成立させるだけでも大変なことだが、さらに何度も繰り返して鑑賞されるレコードとして商品化するためには、ミスは許されないし、それなりの品質も求められる。その意味でピンク・レディーの歌の安定感と集中力には、やはり非凡なものがあったと言える。
 
当時は振り付けや衣装に注目が集まり過ぎて、歌は二の次のように言われることもあったが、2人の実力は高かったのである。アップテンポの曲が多いため、いわゆる「歌が上手い人」のようにこぶしやビブラートといった技巧を駆使する訳ではないが、何しろ聴きやすく、耳に心地良い。
 
言うまでもなく、ライブ盤は基本的に一発録音である。もちろんミスがあれば、後で歌を録り直して手直しすることはあり得るが、恐らくそれはなかったと思われる。コンサートのわずか4日後に放送された(ものと思われる)動画サイトの映像を観る限り、彼女たちの歌におかしなところはないし、9月に発売されたアルバムと比べても違和感はない。
 
ちなみに80年代に活躍した某女性アイドルは、歌唱力に難があったため、歌詞を分解して1音ずつスタジオで録音し、それをつなぎ合わせて何とかレコードを完成させたという逸話がある。もちろんネタとして誇張されているだろうし、比較の例としては極端すぎるが、ピンク・レディーの場合、スタッフにそのような苦労をさせることは、まずなかったに違いない。
 
前置きが長くなったが、今回は2枚組アルバムの2枚目A面の最後のトラックから。
 
2-A-④:メドレーⅡ

a)ホワット・アイ・セイ

b)アンチェイン・マイ・ハート

c)サンライト・ツイスト

d)ルート66

e)ダイナマイト

f)ジョニー・ビー・グッド

g)ロックン・ロール・ミュージック

 

7曲を一気に歌うスピード感あふれるメドレー。演奏時間12分を超える、コンサート後半の大きなヤマ場である。冒頭の「メドレーI」が「ロックで開幕」というコピーのわりにはやや変化球気味な選曲だったのに対して、こちらはロックン・ロールとそのルーツともなったR&B(リズム・アンド・ブルース)の王道と言えるヒットナンバーのカバーで構成されている。

 

a)は、原題<What’d I Say>。ここでは「ホワッ・アイ・セイ」となっているが、日本語のタイトルとしては「ホワッ・アイ・セイ」と表記されることが多い。59年にご存知R&Bの巨星、レイ・チャールズ(Ray Charles )がリリースし初めて大ヒットさせた曲である。

 

様々なアーティストがカバーしているが、64年にはエルヴィス・プレスリーが映画「ラスベガス万才」(Viva Las Vegas)のダンスシーンで歌い、評判になった。その時エルヴィスの相手役として、ブロンドの長い髪を振り乱し、キレキレのダンスを披露したのがスウェーデン生まれの女優で歌手のアン・マーグレットさんで、彼女のステージを「サマー・ファイア‘77」の約2か月前にラスベガスで観たことで、ミーちゃんケイちゃんのコンサートへのモチベーションがぐっと高まったことは前に書いた。

 

「ラスベガス万才」のダンスシーンの映像を研究してステージの演出に生かしたりしたのでは、とも考えたのだが、何しろ当時は家庭用ビデオが普及していなかったので、残念ながらPLプロジェクトもそこまではしていない。とはいえ演出には凝っていて、「サマー・ファイア」のタイトルに因んでか、ステージの両サイドに分かれたミーちゃんケイちゃんがレプリカの火炎銃を発射し、女性ダンサーたちと大きなアクションで踊るところから曲が始まる。ダンスは基本的にツイストである。

 

ところで、この曲ではバックで踊る女性ダンサーたちもマイクを持っている。彼女たち、ダンスチームとしての名前は「ポピーズ・シャルマン」なのだが、メンバーの6人がボーカルグループ「ポピーズ」としても活動していた。ネットで調べたところ、74年に「恋は気分」という曲をリリースしているのだが、そういえばマチャアキ(堺正章氏)の番組で、派手めのお姉さんたちが「♪恋は気分なの〜、気分次第なの〜」と色っぽく歌っていた記憶がうっすら残っている。コンサートのプログラムを見ると、この時ポピーズも歌を1曲披露しているようだ。

 

話が横道にそれたが、このメドレーも、岡田冨美子さんの手による日本語詞で歌っている。年頃の女の子目線で書かれたこの曲の詞も、なかなか刺激的だ。

 

♪見つめないで 私を 感じすぎて困るの

  Oh, yes, baby, hey, hey   All right 

  あなたの目の魔力が 私の喉かわかす

  Oh, yes, baby, hey, hey   All right 

  どうにかされたい もう待てない待てない

 

  Oh, yes, baby, hey, hey   All right 

  抱きしめてよ 早く 涙が出てきそうよ

  Oh, yes, baby, hey, hey   All right 

 

短いフレーズの繰り返しだが、2人は日本語の部分では恋人に抱かれたいのに焦らされる女の子の気持ちを熱く切なく歌う一方、英語の部分はちょっと抜けた感じで悪戯っぽく歌っている。本気なのか、からかっているのか?この微妙な歌い分けが絶妙である。後半の観客とのコール・アンド・レスポンスも楽しく、会場が一体となって盛り上がる。

 

b)もレイ・チャールズのヒット曲で、61年にリリースされた<Unchain My Heart>。日本では63年に江利チエミさんがカバーしたことで知られる。オリジナルの英語詞は、去ろうとしている恋人に「もう私を愛していないのなら、私を自由にしてほしい」と語りかけるもの。もちろん「忘れたいのに忘れられない」というニュアンスを含んでいる。

 

岡田さんの日本語詞も原曲の設定に沿って書かれているが、サビの部分に挿入された「♪二人には何もなくて 愛だけを信じていた」という短い回想が、何気に効いている。ちょっと70年代のフォーク歌謡っぽくもあるが、二十歳前のミーちゃんケイちゃんが歌い上げることで、若い恋人たちの姿がよりリアルに浮かぶ気がする。難しい言葉は一切使わず、シンプルなのに刺さる「岡田マジック」がここでも光っている。

 

c)はちょっと毛色が変わり、イタリアンポップスである。62年に公開されたイタリア映画「太陽の下の18歳」の挿入歌としてジャンニ・モランディ(Gianni Morandi)が歌い、翌63年にリリースした。原題は<Go-Kart Twist>で、日本でも複数の歌手がカバーしたが、この「サンライト・ツイスト」の他に「ゴーカート・ツイスト」「恋のゴーカート」「太陽の下の18才」と様々なタイトルがつけられている。

 

何と言っても、「エジレジレバ〜」という歌い出しの呪文のような歌詞が印象的だ。イタリア語で<♪E gire gire vai e non fermarti mai>と歌っているのだが、意味は「回れ回れ、止まらないで」といったところか。ツイストを踊る様子とゴーカートのイメージを重ねたものだろう。

 

岡田さんの日本語詞は、このコンサートに集まるティーンズを想定して「真夏の恋」を前面に押し出している。

 

♪恋がはじける季節 太陽は燃えている

  みんな集まれ 青い海も呼んでいる

  濡れたからだ熱い 砂をまぶしつけて

  あいつが大好きと指させば

 

ステージ上では、男性ダンサーも登場して、大ツイスト大会が繰り広げられる。西野バレエ団の男性ダンサーチーム「フラッシャーズ」である。

 

同じ西野バレエ団出身の金井克子さんが73年にヒットさせた「他人の関係」という曲があった。<♪パッパッパヤッパー>というスキャットと「フィンガーアクション」と呼ばれた独特の振り付けで一世を風靡したのだが、この時金井さんのバックで踊っていたのが、フラッシャーズだった。ポピーズ・シャルマンもそうだが、当時のエンターテイメントの第一線で活躍していたグループをキャスティングしているのも、PLプロジェクトのこだわりの表れなのかもしれない。

 

ダンサーたちに負けず、激しく踊るミーちゃんケイちゃんだが、ここでもハモる部分はしっかり決めて、気持ち良く聴かせてくれる。

 

d)はもともと46年に作られたジャズのスタンダードで、<Route 66>とは有名なアメリカの大陸横断道路のことである。ナット・キング・コール(Nat King Cole)などが歌ってヒットさせたが、61年にロックン・ロールの創始者とも言われるチャック・ベリー(Chuck Berry)がカバーしたことで、ロックナンバーとしてもローリング・ストーンズなど数多くのアーティストに歌われるようになった。

 

オリジナルは「西海岸に車で行くならルート66が最高だぜ」と、シカゴからカリフォルニアまで沿道の地名を列挙して、自動車旅行のワクワクする気分を歌っている。

 

一方、岡田さんの日本語詞では車ではなく<♪ナナハン on Route 66>と750ccバイクを走らせている。当時は70年代のナナハンブームの真っ只中。69年にホンダが発売してから日本のバイクメーカーがこぞって手がけ、若者たちの憧れの乗り物だった。そもそも大型バイクの需要があったアメリカ市場をターゲットに開発されたとも言われ、ナナハンでルート66を走るのもあり得ないことではない。

 

岡田さんがピンク・レディーに書いた詞の中では珍しく、ライダー(たぶん男性)の目線で書かれている。片想いの「あいつ」への恋を吹っ切るため、主人公は明日に向かってあてのない旅に出るのである。

 

e)については、実は解けない疑問がある。歌詞カードによると原題は<Dynamite>となっており、作者としてTom Glazer - M.Garsonがクレジットされている。この2人が手がけた<Dynamite>といえば、アメリカの女性歌手ブレンダ・リー( Brenda Lee)が57年に弱冠12歳でリリースした「ダイナマイト」のことであろう。日本ではずっと後になるが、椎名林檎さんの東京事変が2005年のツアーでカバーしたことでも知られる。

 

だが「サマー・ファイア‘77」でピンク・レディーが歌っている「ダイナマイト」は、実際のところ全く違う曲に聴こえる。そもそもリズムが違うし、歌詞の中で<♪ダイナマイト>というキーワードが出てくる位置も違っている。

 

またピンク・レディー版では、日本語に混じって<♪Three, Two, One, Zero,Here goes!>という英語の歌詞が決めゼリフ的に出てくるのだが、ブレンダ・リーの曲に、これに対応しているところは全く見当たらない。英語の曲を日本語でカバーする場合、例えば♪Welcome to the Hotel California>のようにサビの印象的なフレーズをそのまま英語で歌うことはあり得るが、原曲に全く無い英語部分を付け足すことがあるだろうか?

 

もしかしたら同名の全く違う曲が存在するのか?あるいはブレンダ・リーの曲を誰かが大胆にアレンジしてカバーした例があり、それを参考にしたのか?ご存知の方がいらっしゃれば、ご教示願いたい。


※追記:この「ダイナマイト」は、イギリスのクリフ・リチャード&ザ・シャドウズ(Cliff Richard & The Shadows)が59年にヒットさせた<Dynamite>と判明。作者はIan Samwell。

 

なんだかイチャモンをつけているみたいだが、そうではなく、この歌自体はとても気に入っている。

 

あなた良さそう 本気じゃないわね

  困るのよ本気の人 だって

  私 遊びたい季節なの

  Three, Two, One, Zero,Here goes!

 

女の子の本音を大胆にあっけらかんと歌う「岡田ワールド」はここでも全開で、ピンク・レディーらしい魅力を存分に引き出している。ミーちゃんケイちゃんが最後に「ダイナマ〜イト!」と叫ぶと、特殊効果で火花とともに爆発音が会場に鳴り響く。

 

f)も、チャック・ベリーの代表的なナンバー。58年にリリースされ、以来現代に至るまで、ロックン・ロールのスタンダードとして、ビートルズをはじめ世界中の名だたるアーティストがカバーしている。

 

原題の<Johnny B. Goode>は架空の人物名。ルイジアナの田舎に住むギター小僧で、その腕前は天下一。ひとたびギターをかき鳴らせば、みんなが驚く。スターになるのは間違いなし。行け行けジョニー!<♪Go Go Go Johnny Go Go!>…というのがオリジナルの歌詞の大意である。

 

岡田さんの日本語詞は、このジョニーに気がある女の子が誘惑のチャンスを窺っているという、面白い設定になっている。女性の目線で男性のキャラクターを描写するという点では「渚のシンドバッド」と構造が似ているが、ジョニーは女たらしのシンドバッドとはだいぶ性格が違うようだ。

 

♪あいつ いかしてる だけど

  女の子にゃとてもクール

  たたいても振り向かないの

  それがまた いい いい

  Johnny B. Goode

  決して裏を見せない奴

  何を考えているのかしら

 

さらに<♪一度恋に狂わせたい どんな乱れ方するのかしら>なんて歌詞も出てくる。ミーちゃんケイちゃんともノリノリで、田園コロシアムのステージを走り回り、飛び跳ね、拳を突き上げて♪Go Go Go Johnny Go Go!>と観客を煽り立てる。会場が興奮の坩堝になったのは言うまでもない。

 

メドレーの締めとなるg)もまた、チャック・ベリーのヒット曲。57年にリリースした<Rock And Roll Music>は、ビートルズが64年にアルバムでカバー、66年の日本公演で歌ったことでも知られる。

 

ここはもう、ラストスパート。理屈抜きでとにかく楽しく盛り上がればいい、という感じの歌詞である。

 

♪何はなくても  Rock & Roll Music 

  からだを揺すり 心ゆさぶられて

  あの世へ行くの あなたといっしょに

  飛んで行きたい 飛んで行きたい

 

こうやって改めて字面だけ読むと「あの世へ行くの」は流石にまずいと思うが、当然そういう意味ではないので、大目に見ていただきたい。

 

ともかく7曲12分超の圧巻のメドレーは、これにて大団円。当時の日本でロックン・ロールというと、ツッパった強面のお兄さんたちがやっていて近づき難いというイメージもあった中で、ピンク・レディーのような女性デュオが、ここまでがっつりカバーに取り組むのは珍しかったのではないか。男性ロッカーの荒ぶるハードなスタイルとは違って、ポップで親しみやすく、今聴いても新鮮である。

 

そんな訳でアルバムの2枚目A面はフェードアウトして終わっている。B面は次回。(続く)