巨大なミラーボールをバックに、旅する異国の恋人たちに扮した2人が軽やかに踊り、歌う。


前回の出演から2週間後の1979年3月19日、「夜ヒット」に登場したピンク・レディーは、前回に続いて「ジパング」を披露した。この時、字幕のタイトル表記は、こうなっていた。


ミラクル伝説「ジパング」


これまで数々の「夜ヒット」出演シーンを見てきたが、今回のミラーボールのような大物の美術セットは初めてである。スモークもむやみに大量噴射するのでなく、足元を隠すくらいの高さで均一に広がるよう、程よく制御されていた。カメラが動きすぎることもない。演出としては、見栄えも良く、上品にまとまっていて、彼女たちの魅力をいい感じに引き立てている。2人が歌い終わった瞬間、小鳥のようないくつもの影が、画面の手前から飛んでいった。CGを合成しているようにも見えるが、何しろ40年前、しかも生放送なので、実際に鳥を飛ばしたのだろうか?

 


2人のコスチュームは、鮮やかな赤の布地に金をあしらったもの。基本的には前回の白い衣装の色違いだが、大きく異なるのがケイちゃんがターバンを巻いていないこと。しかも、珍しいことに、ポニーテールである。再結成時は別として、自分が知る限り、ケイちゃんがポニーテールを披露したのは、78年7月の後楽園球場での7万人コンサート(ジャンピング・サマー・カーニバル)と、81年3月31日、同じ後楽園球場での解散コンサートくらいか?個人的には、ターバンよりもすっきりしていて、ケイちゃんによく似合っていると思う。

 

さて、この回の司会者とのやりとりは、多少でも当時の彼女たちの状況を知った上で見ると、なかなかスリリングである。


井上順「衣装変わったね」
芳村真理「リハーサルと全然違っちゃったの」
井上「この、包帯はもうやめたの?」
ケイ「ちょっとお休み…」
井上「お休みしたの」
ケイ(うつむいてしまう)

リハーサルと本番で衣装が違った理由はわからないが、本番の衣装は前回と色違い。普通に考えると、ターバンも用意されていたのではないか?ケイちゃんはターバンを「やめた」のではなく「お休み」と言っている。本番前に事務所のスタッフとの間で、ターバンをつけるかどうかで意見が合わず、結論が出ないまま、この日はとりあえずターバンなしで出演したのではないか?


2月の騒動もあって、事務所への不信が募り、孤立感も味わっていたケイちゃん。この時期は精神的にも不安定だったと、後に語っている。2年以上も超ハードなスケジュールが続き、寝る時間も削って仕事に明け暮れていたが、基本的には歌の仕事が好きだった。77年の暮れ、腹膜炎の手術の後、医師が止めたにも関わらず、すぐに復帰したのも、自らの意思だった。


しかし、歌が好きだからこそ、レッスンを受ける時間がないことが、大きなストレスとなっていた。ご本人によれば「ケイちゃん文句ばっかり、怒ってばっかり」の日々だったようだ。さらにこの頃になると、自分たちに何も知らされないまま、次々と新しい仕事や方針が決まっていくことにも、疑問を感じるようになっていた。

 

司会者との会話で、話題が「アメリカ」に及ぶと、さらにケイちゃんの表情が硬くなる。


井上「これからアメリカ行っちゃうんでしょ」

ミー・ケイ「はい」
芳村「アメリカでレコーディングですか。なんて曲ですか?」
井上「キッス・イン・ザ・ダーク!」(と、得意げに言う)
芳村(2人に)「英語で言って欲しいの、さあどうぞ」
ケイ「え?」
芳村「曲は?」
ケイ「まだ聞いてないです」
井上「キッス・イン・ザ・ダークってのは…」

ケイ「あの…」(何か言いかけて口ごもり、うつむく)

井上「…もう発売になるの?」

ケイ「テレビとかラジオとか」(…の仕事をすると聞いている、という意味か)
ミー「LPの曲を吹き込むんです」


本格的なアメリカ進出を目指して、ピンク・レディーはこの放送の6日後(3月25日)に渡米し、約1か月間、向こうで活動することになっていた。既にスポーツ紙などでは、全米で発売されるシングルのタイトルは≪Kiss In The Dark≫だと報じられていた。そこで、司会の2人は気を利かせて、彼女たちに曲の宣伝をさせてあげようと、話を振ったのかもしれない。


だが、生真面目なケイちゃんは慎重だった。本来、新曲のタイトルは、正式発表されるまでは「企業秘密」であり、メガヒットを連発したピンク・レディーの場合、レコーディングに参加するミュージシャンに曲名を伏せた楽譜を渡すなど、情報の厳重な管理が行われていたという。また、もともとは、前年10月にレコーディングした≪Love Cowntdown≫を、シングルとして世界同時発売する予定だったが、それが≪Kiss In The Dark≫に変更された経緯もある。スポーツ紙が書くのは勝手だが、歌い手である彼女たち自身が、テレビで軽々に具体的な曲名に触れるのは控えた方がよいと思ったのか。あるいはもっと単純に考えれば、ケイちゃんの「まだ聞いていない」という言葉通り、こうした重要な決定は、いつも彼女たちのいないところで決められていたのだ。


アイドルが「聞いていない」なんて言うのは、イメージ的にも決して望ましいことではあるまい。それはケイちゃんもわかっていただろう。笑ってごまかす手もあっただろう。でも口にせずにはいられなかったのが、この頃のケイちゃんだった。アメリカには何度も訪れているとはいえ、今回はこれまでで最も長く日本を離れることになる。仕事はもちろん私生活の面でも、渡米を前に不安が高まっていたに違いない。


≪Kiss In The Dark≫は、実際にはこの年の初めに渡米した際、レコーディングを済ませていたと思われる。彼女たちは3月25日にまずハワイに入り、「スター誕生!」の収録でこの曲を歌っている。また4月1日には、アメリカからロンドンに渡り、当時世界的なアイドルとして人気があったレイフ・ギャレットがホストを務める番組に出演。ピンク・レディーとしては珍しく「口パク」で披露した。そして、ミーちゃんが言っていたように、ロサンゼルスでLPの曲のレコーディングを行うなどして、4月20日に帰国した。


そんな訳で、テレビで「ジパング」が歌われたのは、実質1か月あるかないかの短い期間だった。前年までのピンクの数々のヒット曲に比べて、かなり印象が薄いのは、そのせいでもある。また同じ時期にヒットチャートを賑わせた「YOUNG MAN」、「魅せられて」、「ビューティフル・ネーム」といった錚々たる楽曲に埋没してしまったのも確かだ。その意味でも不運な楽曲だった。


だが、いま改めてDVDを観ると、詞も曲も振り付けも、他の曲にはない魅力があり、総じてクォリティーは高いミーちゃんケイちゃんのパフォーマンスも安定感があり、エンターテイナーとしての成長を感じさせる


黄金の島を目指す不思議な旅を歌った「ジパング」。東京オリンピックで世界中から人々が日本を目指す今、もっと注目されてよいかもしれない。ケイちゃんファンとしては、何よりもポニーテールの貴重な映像を残した曲として、大いに評価したい(笑)