今日はなかなかヘビーな話ですが、お子様を持つ親御さんには聞いて欲しい、という気持ちがあります。

 

新潟の女の子の殺害事件は、息子と同学年の子だっただけに、他人事とは思えませんでした。

 

もし彼女が、不審者のことをお友達じゃなくて先生に話していたら、事件を回避できる可能性もあったかもしれない、と思うとやりきれないです。

しかし、まだ幼い子供たちは、そこまで頭がまわるわけでもないので、今日ちょっと怖いことがあったな~程度で、終わってしまうことってよくあると思うんです。

3歳くらいまでは何でもかんでも話してくれてた子供が、幼稚園に入ると親が聞くまで話さない、ってこともたくさん出てくるようになります。

小学生になると、さらにその傾向が増えてきたな~と実感しています。

だから、「不審者に会ったら、必ずすぐに先生や親など、大人に報告すること。」

このことは、しっかり子供に言い聞かせておかないといけないなと思いました。

昨日の事件のことは、私が話す前に息子はすでに学校で話を聞かされていました。

 

学校の登下校は、親も守り切れない部分です。ヨーロッパでは学校まで親が送迎、アメリカではスクールバスがあることを思うと、日本もいつかはそんな対応をせざるを得ない日がくるんでしょうかね・・・。

 

幸い、うちは学校がすぐそばで、住宅街だけでなく、マンモス団地が目の前にあるので、どこから誰がみてるかわかりません。反対側からは中学生たちも登下校しているので、そうそう悪いことが出来る環境ではありません。

そうはいっても、今の世の中、100%安全っていう場所なんてないと思うんです。しかも子供たちが狙われるのは、登下校だけではないので、安心できるわけでもありません。

親になると、本当にこういう事件を見る度に心が苦しくなります。

命が奪われるのは、人為的なものだけではなく、事故だってあり得ます。

誰しも人生の中で、大なり小なり辛い経験をしたことがあると思いますが、私は小学校3年の時に、兄のクラスメイトの男の子(当時5年生)が踏切事故で亡くなって、ショックを受けたことがあります。

季節は冬でした。ちょうど夕方、母と私と兄は犬の散歩に行くところで、家を出たばかりでした。

そこで彼とバッタリ出くわして、挨拶をしました。


「一緒に行かない?」って母が誘いました。彼は「どうしようかな・・・・。」と迷っている様子だったので、私たちも「行こうよ、行こうよ~!」って声をかけました。

彼も「行きたいな・・・・。でも・・・。」ともじもじしています。

「いまから友達と遊びに行く約束があるから・・・。ごめんね。また今度ね。」って断られたんです。

そしてお別れしてから10分もしないうちに事故は起きました。

私たちは全然知らなくて、帰宅してから夕飯を食べていたら、新聞記者の方たちが訪問してきて、「〇〇くんの写真とかお持ちではないですか?」と聞かれ、さっぱりわけがわからず、みんな困惑していました。

 

「ご存知ないんですか?」と事情を聞かされて、もうビックリです。

 

その後、「あの時、私たちと一緒に散歩に行っていれば、こんなことにはなっていなかったのに・・・。」と母は泣いていました。

私も断られても、もっと強く誘っていればよかったと子供心に思いました。

 

亡くなった後で、あれこれ言っても仕方のないこと、とわかっていても、そのことは本当にいつまでも悔やまれることでした。

彼は私たちと別れた後、その先に住んでいる中学生のちょっとやんちゃ系の男の子たちと海岸に行っているところでした。ところが遮断機が下りてくる時に、彼らは渡ってしまったようなのです。あるいは下りてからすぐにくぐってしまったか。

一人残された彼は、踏切をくぐって彼らを追ったらしいのです。今思えば、おそらく小学生だった彼にとっては、遮断機が下りてる線路を渡る、ということは悪いことだ、とわかっていたため、足がすくんですぐには一緒に渡れなかったんだろうと思います。

彼は間に合う、と思ったんでしょうね。電車のスピードと距離の感覚がまだよくつかめていなかったのか、取り残されて焦る気持ちでいっぱいで冷静な判断が出来なかったのか・・・。

事故の後は、遺体がどんなだったか、とかいろんな噂が飛び交いました。「もうやめて!」と耳をふさぎたくなる情報が次々と飛び込んできて、本当につらかったです。

なんで?なんで?私だってそんなこと危ないってわかるよ!!なんでくぐっちゃったの!?と心で何度も叫びました。

遺体は酷い状態だったらしいので、私たち子供はお通夜にもいけず、最後のお別れも出来ないままだったので、本当に亡くなったという実感はなく、突然いなくなってしまったような感じでした。

そして、一緒に遊びに行った中学生の子のうちの一人は、私も一緒に遊んだことのある子でした。中学に入ってからヤンキーみたいになったことは知っていて、すっかり疎遠になってしまったけれど、小学生の時は、何度か遊んだことのある男の子でした。

小学生の時からちょっと不良の素質はあったけど、動物好きな優しいお兄ちゃんでした。

どうして、彼をおいてくぐってしまったのか。彼らだってこんなことになるとは思わなかったんだろうとわかっていても、どうして?という気持ちもなかなか消えず。


同時に彼らはこの事故を目撃して、残された者として、一生生きていかなければならないんだと思うとそれもまた不憫でなりませんでした。

彼も、亡くなった子も棟は違うけど、うちの近所のアパートに住んでいました。そのアパートの前を通る度に、悲しい記憶がよみがえります。

うちは、その踏切の音が毎日聞こえます。事件直後は、夜、布団の中で、その踏切の音が聞こえるたびに、いろんなことを思い出しては考え込んでいました。

 

この事故があった時、私は9歳か10歳だったと思うんですが、一緒にいた子たちを除いては、最後の目撃者だった、ということと、しかも運命の分かれ道に遭遇してしまった、ということで、本当に長いこと私の中でトラウマになった事件でした。

もちろん学校でも大騒ぎでした。兄のクラスはお葬式のように静まり返っていて、彼の席にはお花が飾られてあり、みんな黙って涙を流していました。

その光景は目に焼き付いてて、今でも忘れることができません。
 

 

きっと、今ごろ、珠生ちゃんのクラスメイトも同じ悲しみを感じているのだろうと思います。しかもまだ2年生。不審者に気を付けるよう、学校からたくさん指導されているとはいえ、大人は善だと思っている子たちが大半の時期だと思います。


やっと学校生活にも慣れた頃なのに、と思うと辛いですが、子供達の心に一日も早く平安が戻ってきますように。

そして、親御さんの心境を思うと、一刻も早く犯人が見つかるよう願わずにはいられません。

 

珠生ちゃんのご冥福をお祈りいたします。