長女の秋休みの宿題に、「音読カード」がありました。

 

音読をして、親にサインをもらいましょう、というもの。

 

2週間で、4回ぐらいしかやりませんでした。

 

が、昨日カードをみたら、なんだか20回ぐらい音読したことになってる笑い泣き

 

それも、わざわざ難しそうな本を選んで・・・笑い泣き

 

私は、「子供ってこういうことするよね」と、ちょっと苦笑した程度だったのですが、

 

夫にそれをいったら、激しくショックを受けてる。

 

ガーンガーンおかしくないよ…。ショックだよ…。それって、娘を信頼することが出来ないってことじゃないか・・・」って。

 

私は何を大げさな…、私もそういうことしたし、普通だよ、と流したのですが、ちょっとその後考えました。

 

夫は、たぶん本当に子供の時に親にウソをついたことがないんです。

 

私なんか、時効だから言いますが、宿題写してごまかすなんて当たり前、なんなら親の財布からお金を抜き取って漫画を買ったりとかしていましたゲラゲラ

 

だからといって犯罪者になるということはなく、まともな、幸せな大人になっています。

 

だから、娘がウソついても、「まあ、そういう時期もあるよね」と流せます。

 

でも、夫はやったことないから、そこの判断が良くできないんでしょうね。

 

夫は聖人君子のような人ですが、どうも聖人すぎて、「悪いとわかってるけどやっちゃう」気持ちがあんまりわからないようです。

 

自分にも他人にも厳しく、自分が正しいと思ってることをやってない人がいると、それを責め立てるようなことを言うのが玉にきずです。

 

この間書いた、私が環境問題に意識高くないのをちくちく責めるとかもそれですね。


 

そんなことをつらつら考えていたら、この間読んだ、村上春樹さんがオウム信者をインタビューした本、「約束された場所で」で、河合隼雄先生がおっしゃってた

 

「やっぱり人間というのはほんとにしょうもない生き物やからね。自分の悪というものを、自分の責任においてどんだけ生きているかという自覚が必要なんです。」 

 

いう言葉が浮かびました。

 

自分も、悪いことをしたことある、そしてこれからもする可能性のある人間である。

 

ウソもつくし、必要とあれば人のものを盗むし、場合によっては自分と自分の家族が助かるために人を殺しちゃうかもしれない。

 

そういう「悪」というか、しょうもない自分が自分の中にいることを真摯に見つめ、その「悪」が自分の一部だと本当に認めること、まあ、人間そういうもんだよね、と受け入れることで初めて、他の「悪いことしてる、しょーもない人」を受け入れることができるのかもしれないな、と思いました。

 


 

娘がウソついた話から話飛びすぎですかね滝汗