子どもの頃から、
孤独を非常に恐れる人間でした。




ひとりぼっちなんて耐えられない!




誰でもいいからそばにいてほしい。




いわゆる、金魚のふんでした。




いつでもどこでも、誰かといたい。




孤独な時間が耐えられない。




一人だと周りの目が気になって仕方ない。





思えば物心ついた小学校低学年の頃から
それは続いていた。



小学校の間は
のけ者にされることが一番恐れていたこと。



人気者になりたいだなんて、
おこがましいことは言わない。



ただ、仲間はずれにはしないで欲しい。



そのためには
仲間はずれにされそうなら
その前に自分より弱いひとを
仲間はずれにしてやる。

それぐらいの気持ちでいました。




中学校。高校。短大。

やはりいつも誰かと一緒にいたい。



学校の時間はどうにかこうにか
誰か一緒にいられた。



でも、放課後になると
誰もいるひとがいない。

また、孤独を感じる。


いつだって
人気者のひとが羨ましかった。



いつも、
人に囲まれてるひとに憧れてた。




羨ましかった。







ひとりぼっちが耐えられない。






学校とか、職場とか、
とにかく集団に属していると
とても安心していました。




でも、集団に属せることが
普通になってくると、

もっと欲が出てきてしまい、
『もっと必要としてほしい』
『大切に扱ってほしい』
『あなたがいい、あなたと一緒にいたい
と言ってほしい』



そういう欲が沸いてくるんですね。
人間て。





そういえば、こんな風に
孤独を恐れて生きてきたのは
最近まで続いていたんです。





もう、40年以上ですよ。
いい歳したオバサンなのにね。




学生のときは、友人と。
成人してからは、同僚や職場の人たち。

結婚してからも、出産してからも、
子育て中も、ずーっと。

心理学を学びだしてからも、
セミナージプシーの頃も、

その場その場の人間関係のなかで
孤独を恐れて生きてきた。



人間て、必ず集団のなかに属してますもんね。




その集団から外れたりしちゃダメだ。
必要とされなくちゃいけない、
と思い込んでました。



集団に属して、
役に立つことで
必要とされていることを自覚していたかった。




家族はといえば
必然的に必要とされる役割がある。

でも、その家族という集団では
幸せは感じられなかった。



必要とされる場では
欲求は満たされなかった。



そしていつも、
外の世界に答えを求めてセミナージプシーしていました。




思えば、孤独が怖かったんですよね。




孤独=他人から否定されている

ようで。




ネガティブで自己否定の塊だったから、
自分をいつも否定している。



他人からの否定は
孤独という形で表されると
思い込んでたのかな。






今は孤独になっても、
ひとりぼっちでも、
人の話の輪に入れなくても

ホント、どーでもいいんですけどね。



むしろ、
要らない話の輪になんて、
入りたくないわ。


メンドクサイことに巻き込まれるの嫌だしー。





人の輪に入るか
入らないかは
自分で決められるから。



ラク





自己否定して、ネガティブ思考バリバリのときにはなかった、この心地よさ。





この思考にチェンジするまでに
40年間もがき続けてきたけど、
マインド再構築メソッドじゃなきゃ
絶対できなかったこと。




上っ面だけの思考チェンジじゃ、
いい人になるだけで
終わっちゃいますからね。




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やるやる詐欺にならないようにします!(笑)