京都七福神巡りで東寺へ行ったとき、「京都冬の旅」のスタンプラリーをやっていました。

またスタンプラリーを回る無限ループに入ってしまいそうだったので、心を鬼にしてスタンプラリーはせずビックリマーク節分

ただ、1ヶ所だけ、用事のあった龍谷大学に行くついでに、西本願寺・飛雲閣へ寄りました。

 

西本願寺境内にある国宝・飛雲閣は、豊臣秀吉が造営した聚楽第(じゅらくだい)の建物の一つで、寛永年間(1624-44年)に移築されたと伝えられる楼閣です。

 

西本願寺は、秀吉に土地を拝領してできたんですもんね。

 

 

外から眺められるだけ。

 

 
あれ?もしかして、唐破風屋根の下は、小舟で乗り付けられる舟入りの間?
さすがは聚楽第ざますキラキラ
 

 

 

「唐門はこちら→」という矢印があったので、誰もいなかったけど、行ってみることに。

1591年に造られたそうで、近年修復された国宝です。

うん、派手笑←桃山時代

 

 

門の左右には、何かお話らしいシーンが描かれています。

ネットで検索したけど、内容についての解説は見つかりませんでした。

 

(以下わたしの想像)

 

迷ってしまった牛飼いの男が歩いていると、綺麗な花のなる木がある場所にでました。

 

 

その木のそばには、滝があります。

喉の渇いた男が思わず滝に近寄り、手を入れると、あら不思議。

 

 

…で、このあと桃源郷に行くパターンですよね?笑

もしかして、この門は、異世界ゲートです、みたいなオチですか?

 

いずれにせよ、桃太郎、浦島太郎と同じ、道教チックなお話のようです。

違う宗教(親鸞関係ない)だから、誰も門のストーリーの内容に言及しないのかなあ。


↑読者の方から、このモチーフは、許由と巣父の故事だとご指摘いただきました。

めちゃめちゃ勉強になりました🙏&異世界ゲートまで想像したわたしのストーリーどこから…笑笑😅

 

唐門から龍谷大学へ行く近道を探していたら、西本願寺付属の幼稚園がありました。

 

 

幼稚園関係者のような顔をして(←絶対違う笑)、通用門を出たら、龍谷大学の裏側に出ました。

たぶん、龍谷大学にとっては不本意だと思いますが、以下裏から正門にアプローチします。

 

 

日本人大工の手による擬洋風建築様式だそうです。

 

 

西本願寺系は、伊東忠太の伝道院といい、建築に力入れてます✨

 

 

こちらが正門でした。

 

 

龍谷大学って、浄土真宗の大学ということは知っていたけど、西本願寺に対して、こういう位置関係(ほぼ境内)だったんだ。

と思ったら、前身は、西本願寺学林だったんですね。

とはいえ、学林→大学となる過程で、廃仏毀釈後近代的な「仏教学」を打ち立てる必要があったろうなと思います。

明治になって「宗教」という概念を輸入したとき、もともとあった日本の仏教も変わったのではないでしょうか。