台風19号の災禍覚めやらぬ10月22日、
この日即位礼正殿の儀が執り行われました。
世界各国の来賓がここ東京に集まり、
2679年悠久の歴史を誇る
我が日本國第126代天皇即位を固唾を飲んで見守っている。
朝から生憎の雨空、がしかし、
儀式の始まりとともに雨が上がり虹がかかる。
愛國保守のみなさんだけでなく、
神國日本ここにあり
天照大神の息吹を感じられた人は多かったでしょう。
でも、ちょっと待ってください。
それって保守のみなさんが、常日頃批判なさっている『都合の良い箇所だけ切り取って放送するメディア』と同じ構造、思考回路ではありませんか?
もしあなたが、神風や祈り、
八百万の神通力を信ずるならば、
このみなさんが目のあたりにした天候の奇跡を
つい過日、台風19号で被災された或いは命を落とされたご遺族の方々を目前にしても「天皇陛下万歳」と言えますか?
歴代天皇は、「毀厄之中過度我身」といった言霊で「さまざまな国難、国民の苦しみはわが身を通過しますように」と自らを生贄にするが如く天に祈りを捧げてこられたといいますが、平成から続く未曾有の大災害に民草として何か思いを致すことはありませんか?
異常気象の一言で片付けられますか?
後醍醐天皇の
『世をさめり民やすかれと祈るこそ 我が身につきぬ思うなりけれ』や
明治天皇の
『とこしへに民やすかれと祈るなる わがよを守れ伊勢の大神』
といった御製にも顕れているように、心の奥底から民思う天皇陛下に民は誠を捧げ、君臣一体の精華を築き上げてきたのではないでしょうか?
平成流、令和流の『国民に寄り添う』とは
一体何なのでしょうか?
日本国憲法を守り象徴としての務めを果たそうとするのであれば、なぜ摂政を立てられなかったのですか?
科学、文明が発達すれば
祭祀を疎かにしても良いといえるのでしょうか?
伝統を重んじ敬うことが、
愛國保守ではないでしょうか?
史上類を見ない天災で
命を落とされた御霊やご遺族の方々は、
天候に奇跡を起こせるのが天皇であれば、なぜあのとき奇跡を起こしてくださらなかったのかと思うことでしょう。
大切な人が命を奪われることもなかったのに…
と嘆き悲しむのではないでしょうか?
『君君たらずとも臣は臣』として、それでも忠義を貫かなければならないのでしょうか?
命を賭してまで諫言申し上げることこそが、
真の忠臣、愛國保守ではないでしょうか?
自分さえ良ければいい。
隣国に拉致された同胞がいようが
隣県が天災に見舞われようが
自分の身の回りに起こったことではないので、可哀想だとは思うけどあまり関心がない。
自衛隊が、、誰かが、何とかしてくれるや…
一体いつから日本人はこんなにも冷たく、
身勝手になったのでしょう?
戦後教育を受けて育った私がいうのもおこがましいですが、
WGIPは本当に根深いですね。
明治大帝の教育勅語を今一度振り返りませんか?
天皇はいつから一外交官に成り下がったのでしょうか?
お妃共々英語が喋れるなんて素晴らしい。今風だわ、って そんなやらせ紛いのパフォーマンス、必要ですか?
國・民が天災に喘ごうが塗炭の苦しみを舐めようが、それでも皇室外交要りますか?
結婚相手次第で、男も女も人生大きく変わりますよね。一族郎党交わり、相手方の家族背景も背負うのですから。
八百万の神々から真に祝福された御成婚といえたのでしょうか?
貞明皇后は
『キリストも釈迦も孔子も敬ひて 拝む神の道ぞたふとき』とお歌に残されましたが、
日本は永い歴史上、どんな異文化でも飲み込み
日本流に消化又は退けてきましたよね。
良いか悪いかは別にして、
昨今のハロウィンイベントもそうですよね。
しかし、個人を崇拝する新興宗教を飲み込むことはできるでしょうか?
逆にいま飲み込まれつつありませんか?
垂れ流される情報に重みはなく
自ら掴む情報にこそ重みがあるということは、
愛國保守のみなさんなら既にご存知ですよね?
嘗て『國體護持』という言葉がありました。私はこれを読んで字の如く、
日本という國を体に宿した
天皇陛下を何としてもお護りせねばならないことだと思っておりました。
しかし、海軍少尉山口輝夫英霊の遺書を目にして考えを改めました。
抜粋します。
『〜 じつに日本の国体は美しいものです。古典そのものよりも、神代の有無よりも、私はそれを信じてきた祖先たちの純真そのものの歴史のすがたを愛します。美しいと思います。国体とは祖先たちの一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国民の最善至高なるものが皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません。 〜』
教育勅語にも『億兆心を一にして』とあります。
戦後教育を受けて育った現代人の価値観だけが全てでしょうか?
あの世でご先祖様方に顔向けできるでしょうか?
右でも左でもなく、思想信条をも乗り越えて
我らが美しい日本を
千代に八千代に紡いでいきませんか?
紀元2679年 明治節
物部 護靖