リズムについて その5
6/8リズム
ちなみに、この「付点音符」、楽典上では「3:1」のリズムということになるのだが、あるいは、こう書いて「2:1」のスウィングするリズムを表 すこともあったのかも知れない。(現実的には、アップテンポになった場合、「3:1」と「2:1」のスキップ感の差を聞き分けるのはかなり難しい。)
実際、ベートーヴェンは「6/8拍子」を使って、この「2:1」のスウィングするリズム(♩♪)を登場させている。
例えば、ヴァイオリン協奏曲のフィナーレ(ロンド)の主題。まさにスウィングするノリのリズムが奔流となる名品だ。ちなみに、(前回述べたように)直線的な「4拍子」より、そのなかに「3」を内包することによって、ワルツ的な円運動(前回述べた揺れるリズム感)を取り込むことが出来る。
とすれば、「3:1」の付点リズムより、「2:1」のスウィング・リズムの方がよりグルーヴ感を得られる理屈になる。
ただし、西洋音楽の通常の五線譜記譜では、4拍子の楽曲の中にこの「2:1」のリズムを持ち込もうとすると、当然ながら三連符の連続になる。そこで、ジャズなどの記譜の場合は、すべて八分音符で書いて「Swing !」と付記したりする。
要するに、西洋クラシック音楽において「リズム」が発達しなかったのは、五線譜という記述法が「向いていなかった」ことも理由のひとつと言えなくもないわけだ。
だから、もしかしたらモーツァルト以前のクラシック楽曲でも(譜面の上では単に八分音符や付点音符として書かれているだけで)実は「スウィング」して演奏されていた可能性も無いとは言えない。昔からそんな気がしてならないわけである。
ところで、この「リズム」。一定の繰り返しに乗ってビートを刻み続けるのはきわめて心地よいのだが、ずっと同じ心地よいリズムを刻んでいるとさすがに人の耳は飽きてくる。
ハーモニーにしてもそうだ。トニカ=協和音(例えばドミソ)は心地よいが、ずっとドミソが続く音楽ではいくらなんでも退屈だ。
そこにドミナント(例えばシレソ)あるいは不協和音が挿入されることによって、協和音の心地よさが倍増する。これがハーモニーの基本である。
リズムもそれに似ている。
回転する3拍子はともかく、直進する2(4)拍子は、ある種の「気分転換」を必要とする。
そこで、リズムのドミナントというべき様々なリズム崩しのテクニックが登場するわけである。
リズム崩しの基本は、強拍を外すシンコペーションから。
これは、ビートの裏拍(弱拍)にアクセントを置くだけのシンプルな技である。
しかし、これによって4ビートは事実上8ビートになるわけで、微妙な推進力が音楽に与えられる。
モーツァルトのニ短調ピアノ協奏曲の冒頭などは印象的な好例。「リズム崩し」の第一歩である。
次いで、文字通りの「崩し」に近いのが、アクセントを「外す」技。
通常、一番大きなアクセントは「1拍目(小節の頭)」、次が「3拍目」というのが基本だが、これを外す。
つまり「2拍目」や「4拍目」にアクセントを付けるわけである。
これによって、聴き手に軽いショックを与えることが出来る。
そして「一定不変のリズム」への安心感を壊すことで、一種の「(心地よい)緊張感」を聴き手に(そして演奏者にも)与える。
この臨時アクセントをシンコペーションと組み合わせることで、膨大なリズム・パターンが生まれる。
そのリズム・パターンが地方の特色となり(例えば、タンゴやサンバのように)伝統となるわけだ。
これは後の「変拍子」に繋がる。
このリズム崩しのバリエーションのひとつが、4拍子の中に、3拍単位のリズムを紛れ込ませる「だましリズム」。
4拍子は、2小節単位だと「4+4」で8拍。これを、例えば「3+3+2」というアクセントで刻む。
3拍子と思わせて、実は4拍子の枠(3と4の共通の倍数の拍数)に収める。だから「だまし」リズムというわけである。
次回は変表紙について個人的見解を述べれたらと思います。
リズムについて その4
西洋クラシック音楽は、ハーモニーや対位法においてはかなり高度な次元にたどり着いたが、ことリズムに関しては「2つ(4つ)」か「3つ」しか数えない不思議な低空飛行を続けてきた(ような気がする)。
アンサンブルの最高峰たる〈オーケストラ〉ですら、リズム・セクションは数百年にわたってティンパニとシンバルどまり。
そもそも「管弦楽」というくらいで「打楽器」に関しては二の次三の次。「和声法」や「対位法」に関する研究は膨大に成されているものの、「リズム」に関しての探求はほとんど聞いたことがない。
確かに「クラシック音楽」というのは(教会オルガニスト出身のバッハが「音楽の父」と呼ばれるように)お堅い「教会音楽」から派生したもの。
お祭り空間で演奏される「世俗音楽」などと違って、「リズムのノリ」などという下俗な(下半身的な)ものには関心がなかったのか、それとも意識的に避けてきたのだろうか。
それでも、四分音符あるいは八分音符だけで(アンサンブル命の)音楽を作るのは、さすがに面白くないと感じていたクラシックの作曲家(例えばベートーヴェン!)もいたに違いない。
やがて(五線譜の上に)「付点」のリズムが登場することになる。
ちなみに、「付点リズム」とは、1拍を「2:2」に等分するのではなく、「3:1」に分けるリズム。
これは、そもそもは「リズム」として生まれたのではなく、対位法主題を書くときの記譜上の約束事にすぎなかったように思える。
賛美歌などでスローテンポで歌われる限り、単なる3拍と1拍の音符の経過に過ぎないからだ。
しかし、アップテンポで繰り返すと、そこにある種の呪術的な「ノリ」(グルーヴ感)が発生する。
裏拍を「3:1」というバランスでずらすため、リズム拍の重心が後ろに移動する。このことが、スキップするような効果を生み出すわけである。
これを最大限に利用したのが(おそらく)ベートーヴェンだ。
最初はピアノの即興演奏でのバリエーション(変奏)のひとつとして取り込んだものだったのが、やがてこの付点リズムによる「ビート感」の表現に没頭するようになる。
ベートーヴェンの音楽が、その先輩筋にあたるハイドンやモーツァルトと決定的に違うのは、この付点リズムによるビート感・グルーヴ感を純音楽に導入したことが大きいことは間違いない。
それによって、ベートーヴェンの音楽は現代にも通じる「ビート音楽」のテイストを持つことになったわけだ。
リズムについて その3
さらに、もう一歩この「3拍子」に踏み込んでみると、この円運動のリズムは、単に回転する踊りだけでなく、「体を揺らす」時にも有効だということに気付く。
2拍子の「1・2、1・2」という正確な直線的リズムだけでは、どこまでも軍隊の行進のようで、機械的というか非人間的な「お堅い」イメージがぬぐえない。
かと言って、「1、2、3」とリズムを取ってしまうと、くるくる回り始めてしまう。
基本的な「1、2」のリズムのまま、これをもう少し楽な感じで「崩す」とどうなるだろう?
それには、「ゆっさ、ゆっさ」と体を揺らすことを想像してみるといい。
例えば「1」で右に揺れ、「2」で左に揺れるのでは、まるでメトロノームで、堅苦しい。
しかし、ちょっと自由度を加えて、「1・2」で右に揺れ、「3」で元に戻ればどうだろう。
これも円運動の変形だが、体を硬直させた「(正確な)2拍子」と違って、てきめん「体のしなやかさ」を醸し出すリズムになる。
それが「スウィングするリズム」である。
ジャズの基本である「スウィング」はこれ。
楽譜では「♪♪」と記譜してあっても「♩♪」と3連符で弾く。
スウィング(Swing:揺らす)という言葉の通り、体をゆっさゆっさと揺らす独特のノリのリズムになる。
ちなみに、スウィングと言ったらジャズだが、これは別にジャズの専売特許ではなく、一説にはバロック時代(あるいはそれ以前)からあったらしい。
楽譜には普通に書いてあっても、演奏の場合はスウィングのように弾く流派はあちこちに存在していたのだそうだ。(ただし、当然ながら証拠の録音は残っていないのだが)
また、ジャズの場合は、スウィングと同時に、拍の頭ではなく裏拍にアクセントを置くことで、さらに「ジャズっぽい」グルーヴ感(groove:ノリ)を生み出す。
つまり「1、2、1、2」の2にアクセントを置く(手拍子を打つ)わけで、(これは確か映画「スウィングガールズ」でもやっていた)、これだけであっという間に「お堅い」4拍子に「ノリ」っぽいものが加わる。
このように、基本の「2拍子」をさまざまに「変化させ」あるいは「崩す」ことによって、人間は音楽(リズム)に色々な味付けを施し、高度な文化にまで高めてきたわけである。
次は時間がある時に、付点リズムやシンコペーションを
現代音楽とベートーベンを絡めて説明できればと思います。