虚無感に襲われる。
背後に迫りくる足音。
頭の中は目の前のことでいっぱいなのに。
彼は汗を落とす。
果てた熱い体を重ね合わせて、
悲しみのような笑みを浮かべて、私の唇を噛んだ。
追われているのは誰?
私? 彼?
どちらも、といえばそうだけど。
私は足抜けした遊女。
遊郭から逃げ出した遊女。
彼は私を連れ出した置屋の主人。
何が悪いというの?
一緒にいたいだけなのに。
ここは空き家の二階。
彼は着物を肩に羽織り、汗の浮かんだ後ろ首をさすった。
私からはそうしてすぐに離れてしまう。
「これからどうするの?」
答える必要などない質問を投げた。
二人、どうすればいいかなど考えていない。
今、この瞬間しか見えていない。
彼は私を求めようなど、思ってもいなかったはずだ。
私も応えてくれるなんて思ってもいなかった。
彼の一番になれて……。
「お前の行きたいところへ」
「私はあなたの行きたいところに行きたいわ」
「馬鹿だな……」
彼はまた悲しげな笑みを浮かべる。
ねえ、なぜあなたは私を求めてくれたの?
そう、聞くのはやめよう。
今があれば。今さえよければ。
階下から男の太い声が聞こえる。
耳に覚えのある、番頭の声だ。
「夢の時間は短いな」
「そうね、でもこれから現実が始まるのよ」
彼は私を抱きすくめた。
首筋に吐息がかかる。
開かれたふすま。
男の雑音。
冷たい刃と満月。
眠りが世界を呼び覚ます。
さあ、次の夢を見ましょう。