龍と竜 | 手が知っている異界の彩~絵師・緋呂 展示館~

手が知っている異界の彩~絵師・緋呂 展示館~

神・仏・天使。そして、「あなた」の光を、緋呂が描きます。陰陽併せ持つ「人間」の中に、すべては在る。
描くべきもの、進むべき道。すべては、手が知っています。

どう違うのか…とか。
いろいろ、言われているみたいですね。


私のイメージでは、

恐竜っぽいのに羽があって、騎士や天使に退治される系だったり、ゾウや牛のような乗り物になる生き物系=西洋的=竜

中国系、神系、細長くて髭があって(四肢はあったりなかったり)、雲や雷や波をともなう=東洋的=龍


ですが、これと全く逆を言う人も、いらっしゃいます。

ニュアンスは、個人のバックボーンによって様々あるので、逆な方がいらっしゃっても別に不思議ではない。



漢字としては、どちらにも厳密な違いはないそうです。

漢字そのものの発生は、竜の方が古いとか。


辞典上では、竜の旧字体が龍…だとか?


ドラゴンと言ったら、竜…ですね。
恐竜って上に書いたけど、恐龍とは書かないですね。


西洋には、神龍に相当する言葉がないので、龍もドラゴンってなりますけど。



で?

日本には、本来、龍も竜も、いないです。

私は学者でも民俗学専門家でもないので、間違ってるかも知れません。
間違ってたら、そう教えてください。


私の今までの「感触」と、今まで見知ってきた色んな情報から、日本にはもともと龍も竜もいなかったのだ…と、確信をしています。

古来、龍神に相当する存在は、蛇。

龍(竜)は外来種です。

もう、現在には、龍(竜)も、日本に根付いてますけどね。



竜の文字の方が古くから使われているから…って言っても。
それも、もともとは日本にはいないもの。


後から、より強大、より高尚、より立派、より格式が高そう…などなどのイメージ
(中国では皇帝のシンボルだった…などなどの情報)
によって、神の蛇の一部が、竜または龍と、変えられていったのだと。

私は、そのイメージで確信してます。



でも、もとからいたのが蛇だから、蛇神が一番エライ…とかいう発想は全然ありません。

龍も竜も、あるべき役割を割り振られて、今日に至る…わけで。
そこは、蛇神も同様。



日本は、もとから、外来の文化を受け入れて自分のものにしていくことに長けている。
外国の神も(もちろん、魔と言われるものも)受け入れて、もともとの自国の存在同様に親しく丁重にしてきた。

が。
キリスト教が入ってきた時…まずは宗教を乗っ取り、その後に国を乗っ取る…という手法を受け付けなかったのも、同じ性質によるものだと思う。

「入ってきたものを受け入れる」ことと「支配を許す」ことは、全く別の話。




私は今は龍もいっぱい描きます。
けど、私は「竜を描く」と思って描いたことはなくて、頭にあるのは常に「龍」です。
やっぱり「竜」は西洋ドラゴンのイメージ。

でも、ほんの少し前までは、龍を描くこと、できませんでした。

なんかヘンなブロックが入ってまして。
龍を描くのは自分の役じゃない…みたいな感じがすごい強くて。

で、さらにおかしな話なんですが。
その「龍禁止ブロック」ががっちり入り込んでいた時は、日本の神様…っていうか、スサのおっちゃんをどうにか、紙の中に納めようとして悪戦苦闘が続いた期間と一致しています。

相手がデカすぎて、紙の中に圧縮できませんでした。

一年半かかっちゃった。
(それ以前は、絵から離れていましたので描くも何も…www)



スサおっちゃんが、紙の中に納められるようになって、しばらくして…なんか自然に、龍禁止ブロックが解除された。

連動してた。



スサおっちゃんは渡来の神ですから。
まあ、連動があっても、おかしくない。


で。
更に言うと。

渡来の神…というのってさ。
どの神様も、みんな、広い意味では「渡来」だと思うんだな。

蛇神を除いて。

(その「蛇神」っていうのは、お名前が○○○ノミコト…みたいに付与されているわけじゃなくて、単に「蛇の神」です)



チャネリングによって得た情報…なーんて、言うつもりは、全然ありません。

単なる「なんかしらんけど、そういう風に思う…確信に至っている」っていうだけの話です。

だから、異論はあると思います。



なんでそんなことをツラツラ書いてるか…といえば。

どこから来た神だ、とか…もう関係ないじゃん。

…って、思うから。



人類の神は、たくさんいるのです。

それでいいじゃん。


どの神が、どのようにして人間を「支配」しようとしてるのか…とか。
どの神なら、人間は自由で生命を謳歌できるのだ…とか。

なんか…そういう区分け自体を、もう、やめようじゃん。

…って、思うの。



神様方にも性格や理念がある。

だから、今の人類を「存在すべきでない」と判断される方もおられるでしょう。

その議論が天界でされている…ってのは、いろんな方がおっしゃっているし、私自身もそう思う。


でもさ。

人間に味方する神が「善」とは言えないし。

人間を排除して人間のいない自然の復帰を図る神が「善」とも言えないし。

人間だから、人間という種の生存っていう観点はどうしても捨てられないけど。
私は、それを未来永劫に望むのか…っていうと、そんなことはなくてさ。
滅ぶなら、滅んでも仕方ないか、って思っているし。
変容するのなら、それでいいじゃん、って思っているし。
その時には、その時から先の世界にとって必要な神が、神の椅子につくのだろうし。

その時が、明日なのか、来月なのか、来年なのか、来世紀なのか…っていうのは、人間が知らなくていいことなんじゃないかな。



っていうと、すごい運命論者みたいに見えるかもだけど、自分ではそうは思っていない。



少なくとも、記録に残っているような時期からの「人類の歴史」なんて、地球全体の尺で見たら、ほんのちょびっとのことで。

宇宙全体の尺からしたら、カケラ以下でしかなくて。


「龍」という文字から想起されるイメージは、私には、地球の神というよりは、宇宙的規模のエネルギー。

「竜」という文字からは、そんなイメージは起こらない。
「竜」で想起される神系イメージといったら、「紋章」くらい。


そういう違いがあって、それは大きな違いでもあって。


でも、龍神祝詞は、なんか違和感があるし。
(私が全文を記憶できている唯一の祝詞なんだけどなあ…)



……何書こうとしてたんだか、よくわからなくなってきたけど(笑)

まあ…なんでもいいか~(笑)(笑)(笑)

ドラゴンも好きだしね(^^)



一つ、言えるのは。

そんな、人間のレベルでごちゃごちゃと区分けしようってのが、もうそもそも、「アホ」なんじゃないかな…ということですかね~。
(身もフタもないwww)
(そして、そういう「アホ」なことをするのが好きなのも、人間なんだよね~www)